espliaのちょっとだけ時代遅れ。

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東方SS 『東方守命魂』 第二章 「喪失の同胞たち」中編(後編その1)

この度は久々に第二章「中編」を掲載することができました。


今作はサボリにサボった挙句、二月ぶりに執筆を再開したものとなり、「期限までに記事にする」を目標にしたため、内容そのものは少なめです。(400×400で40枚程度)


また「中編」とは言いながらも二部構成を視野に入れてプロットを作ったため区切りの悪さ、動きの無さが目立ちますので、次回はこの中編を加えた上で改めて「二部構成の後編」を用意させていただきます。



ではいつものご注意


前記事同様、「東方project」について全く知識の無い方、出来の悪い小説に嫌悪感を覚える方。及び、単純に長文を読みたくない方も、続きはクリックされない方がよろしいかと存じます。


そこまで注意を受けて、なお読もうとするツワモノの貴方は、「続きを読む」をクリックして続きを出してください。


ちなみに以前の内容を忘れてしまったかたはこちら (私の筆の遅さが全ての原因でございますが)


『東方守命魂』プロローグ


東方SS 『東方守命魂』 第一章 「一滴の水」前編


東方SS 『東方守命魂』 第一章 「一滴の水」後編


東方SS 『東方守命魂』 第二章 「喪失の同胞たち」前編(改訂版)



からどうぞ。


※無断での転載、及びコピー&ペーストは私が恥ずかしいのでご自重ください。







以下より本編






◆ 





「『昨日もまた来訪者はなく――』」


インク瓶から放たれる、やや臭気の濃い膠(にかわ)の香りを燻らせながら、古明地さとりは、白くつややかな細い指を、クルクルと回すように動かしていた。


「『今日こそはと、待ち焦がれています。こいしに同席を願う断られ。居辛そうに苦笑いを浮かべたまま、再びどこかへ旅だってしまいました』」


色鮮やかなながらも建物の雰囲気にあった仕立ての良い赤地の絨毯(じゅうたん)が敷き詰められた部屋の一角。これまた品の良い明るめの木材で組み上げられた簡素な机の上には、一冊の日記帳が置かれている。


「『お茶菓子の手配は無事終わり。来訪の折に振舞う予定』、あとは・・・・・・『テーブルに置く花を裏庭から2、3輪拝借するため、同時に手入れもしておきたい』、と」


せいぜいが、一頁(ページ)の半分程度の文量である上、どこか無理やり予定を捻出している節がひしひしと滲み出ていたが、久方ぶりに数行に到った『朝の日記』を満足げに眺め、さとりは古びた日記帳の上に年代もののペーパーウェイトを載せ、ずれていないことを確かめた後、ゆっくりとイスを引いた。


「んん」


時刻は朝ながらも、まったく変わる事の無い薄暗い景色へと胡乱な瞳を投げ、集中していたためか、少し乾燥したように感じられる瞳を擦ると、さとりはまず、自身のベッドで眠りこけている幾匹かのペットの頭を撫でて起こし。

「さぁ、朝ご飯ですよ」

無数のつぶらな瞳に向かって、そう呟くと、数多のペット達は活気を取り戻したように、ゆっくりと部屋から退出していった。

最後の一匹が名残惜しそうにこちらを見、しかし未練を断ち切るように尻尾を扉の外に持ち出していくのを確認してから、さとりはゆっくりと寝巻きを脱ぐと、普段着としてよく着回す野暮ったい黒地のワンピースではなく、余所行き専用置き場から無造作に一着を捻出して着込んだ。


――毎日似たような服ばかりはダメね。この服、いつ買ったのか覚えてない・・・・・・。


身長の低い彼女より二周りは大きいであろう立派な姿見に、正面、裏、横、と自身の姿をざっと確認し、目立った寝癖がないことを確認してから、ゆっくりと部屋を出た。

廊下に敷き詰められたさとりの部屋のものと同じ品の良い絨毯を、ペタリペタリと、スリッパで歩き、計15分。
家屋を歩き回るには遠大にすぎる長い時間を掛けて、炊事場に辿りついた。

「さて」

余った布地で作った簡易の前掛けを装着し、短い髪を申し訳程度、後ろに結わう。
蒸らしに時間の掛かる紅茶の準備を先に準備してから、昨夜の残りのスープを暖め直し、コンロに据えられた金網で二切れのパンを焼くことで自身の朝食とする。

次に、地霊殿備えつけの大型冷蔵器に仕込まれたペット達のえさとして、野菜のクズ、肉の切れ端、冷や飯をそれぞれ取り出し、丁寧な筆跡で名のつけられた器へ手際よく盛り付けていく。

体調と図体を基本に、日々量が変わらないように注意する必要がある。
そのためエサやりと一言といっても彼女にしかわからない暗黙の了解も多く、さとり以外の誰かがこれをやることはあまりなかった。

「むむ・・・・・・、よし!」

量。質。それからほんの少しだけ見栄え。
それらが問題ないことを確認すると、用意した全ての食事を台車に載せ、今日日三度目、スリッパをペタペタと鳴らし、今度は逆方向へと廊下を突き進んでいく。

「・・・・・・」

たかだが数人で住まうには、巨大にすぎる建造物であることを示すよう。今度もまた15分という膨大な時間を掛け、今度は神殿内でも五指に数えられる大広間へと入った。

扉を開けた瞬間目につくのは、人工的な灯りの点った簡素なシャンデリア。それと地霊殿特有のハメ殺された窓に輝く紫色を基調としたステントグラスから発されるワイン色の光である。

どちらも単品ではそれほど下品なものではないが、宗教観を匂わせる紫色の光とゴテゴテとした装飾品が融合してしまった室内は、自分の住処ながらやや成金趣味を匂わせた。

名目上、ここは食堂ということになっている。

もちろん、こんな光に当てられてしまえばせっかくの食事も見目を悪くしてしまいかねないことは誰でもわかるので、広大な敷地の各所には数人が腰掛けられる清潔なテーブルが用意され、さとりを筆頭とした住人の食事はそれら「避難場所」で取られることのほうが多い。

しかし数多のペットに一度にえさをやらなければならない早朝の一食にのみ限り、敷地面積を考えてこの部屋が使われていた。

色彩よりも味。健康よりも量。

基本、欲望に忠実。
また格調や体裁なんてものに毛ほども気を留めない彼等にとってみれば、主人といっしょに食事を取れるというだけで十分であったようだ。

――私は全然慣れないのですけれど・・・・・・。

ふんふんと鼻を鳴らす彼等に、等間隔で餌皿を置いてやり、それらを競って食べ始めたことを見計らい。彼女も自身の朝食を、やはり無駄に大きい食卓の一番端に置いて、イスを引いた。

「・・・・・・いただきます」

さとりの常は、無表情。かつ無言である。

また彼女の洗練された食事方法は、良くも悪くもまったく音を立てないものなので、必然、ペット達が必死に餌にかじりつく音だけが室内に響いていく。

「・・・・・・」

常人ならば、それだけで胃に穴があきそうな環境の中で、しかしさとりは気にした風もなく悠然と朝食を終えると、

――良い香り。

数日前に仕入れた、紅茶を優雅に口に含んだ。
一度白湯を含ませて、持ち手を温めたティーカップの具合も素晴らしく。冬場にありがたい温もりを、手のひらに染み込ませていく。

幻想郷における紅茶の位置付けは、生産農家数そのものが少ないことから、高価な嗜好品であることは間違いないが、その中でも来客用に買ったこの茶葉の値段は、そうそう手が出るものではない。

ちなみに今。一見して来客用に買った紅茶を勝手に横領して嗜んでいるようにも見えるが、必要量以上に買い足してしまったものの一部を「仕方なく」朝食用に割り当てているだけである。

――茶葉の命は香り。時間を置けばせっかくの匂いが薄れてしまいますからね・・・・・・。

簡単にいえば、役得である。
彼女のペットらがやらかす「ポカ」には時折疲労を覚えてしまうことも少なくないが、今回に限っていえばそれが良い方向に傾けられた、というだけのことである。

「皆今日は元気ですね」

常に無表情の主ではあるが、その分喜色が滲み出ていることがわかるのであろう。
皿の角まできっちりと食事を終えたペット達が、構えとばかりに足元に群がってくる様を、さとりは眉根を下げて見つめ返した。

「ごめんなさいね。これからお客様がくるかもしれませんから。お前達は裏庭でお遊びなさい」

いつまでもここにいては、茶菓子を焼きに行く前に大幅に時間を食いそうだったので、未練を断ち切るように、すっと席を立ち、そのままテキパキと片付けを終えるなり部屋を出た。

追跡されてもやっかいなので、やや速度を上げ、今度は10分でキッチンまで辿り付く。

と、その時、先ほどの暖気が残る台所から、なにやらきゃいきゃい喧しい喧騒がもれていることに気がついた。


「あああーん! さとり様が、あたし達のご飯忘れたぁー!」
「にゃーん!」


静寂と沈黙に沈んだ館で、こうまでにぎやかな声色を上げる存在は限られている。

「お燐。お空」

そっと台所を覗けば案の定。
1人にして、1匹の妖怪達が揃って、――なぜか悲恋がましい叫びを上げていた。

――何かしら・・・・・・?


思う間もなく、ゆっくりと神経を研ぎ澄ますと、彼女等の主張が「心」に流れ込んだ。
彼女の胸に、今「第三の目」はないが、これくらいの芸当ならば可能である。


「お空はともかく、お燐まで忘れないで。二人には今日も外で見張りを頼んだはずですよ」

「んー。覚えてるおりん?」
「にゃー!」

気分的な問題なのか、なぜか人間の姿にならない黒猫、火焔猫燐に向かってそう囁いたのは、ややクセの強い長い黒髪を有した、少女の格好した妖怪――霊烏路空である。

ペットとは名ばかりに直線的な火力でのみ計れば地底で一、ニを争うほどに優秀な力を持っている彼女だが、

――頭は悪くないはずなのだけれど・・・・・・、集中力が無いのよね・・・・・・・。

 覚えよう、そう意気込む前に新たな興味に目覚め。結果それを追いかけているうちに、いろいろなものを取りこぼしてしまうことが彼女には多かった。

しかしだ。いくら元鴉ということで、他に「鳥頭」と評されようとも、彼女の記憶力、思考力が決して低くないことさとりは知っていた。

かつて地底を脅かす際に、難しい単語が満載された口上を覚えていたのが良い例だろう。
自己の目的と、他者の目的が一致した時に限り、空は別人かと思えるほど聡くなるのだ。

しかし現在は、

「あはは!忘れました!」
「・・・・・・」

いつものことだ。
やや青筋が浮かびそうになるのを懸命に堪え、

「貴方は今日も来訪者の有無を「上」から監視していてください。もちろんそれは今日の分の調節を終えてからです。・・・・・・わかりましたか?」
「いつも通り炉の調節ですね! わかりました!」

十中八九、炉の調節を終えたらそのまま寝に帰ってしまう気がしたので、昼前にもう一度言付けておく必要がありそうだ。

「で。調整はお空まかせだとして。 アタイは今日何をすれば?」

視線を下げればいつのまにか足元に纏う一匹の黒猫。

発せられる声は人のものではない声帯を使っているせいか、言葉の端々やイントネーションがやや珍妙であった。

「そうですねぇ・・・・・・。監視が多いと逆に警戒されてしまうでしょうか。
ここ数日の報告を聞くかぎり「ゲスト」は2人・・・・・・。お空がいれば万が一にも対応できますし。・・・・・・そうですね。今日は裏庭の手入れを手伝ってもらおうかしら」
「了解です。最近さぼってましたから雑草が凄そうですね~」

仕事と銘打たれた行為であってもそこに義務も責任と存在せず。

つまるところ、彼女らにとってこなすべき「仕事」は、趣味やライフワークの延長線上にある、「生き飽きない」ための制約、また娯楽に等しい。

ここ数日のように複数人で何か決まったことをしようと画策する日はむしろ滅多になく。
そういう意味で言うならば、今回催される異邦人の来訪は不謹慎ながらも数年の1負度の一大イベントと言えた。

「さとり様! それで朝ご飯は!」
「お弁当を用意してありますから、「上」についてから食べるのですよ?」

そこまで言って、こちらの足を肉球でペシペシ叩いてくる燐を、首の皮を持って吊るし上げ、

 「お燐の分も、もちろん用意してあります。このままいっしょに中庭まで行きましょうか」

 腕の中に抱き上げた。
少しだけむずかるように鼻先を擦りつける燐の首を撫でながら、さとりは改めて空に視線を向けた。

 「何か質問はありますか?」
 「ありません!」

 ――返事だけはいいのよね・・・・・・。

不安がないとはいえないが、異論も疑問もないようなので、そのまま空と分かれて歩きだそう思い。

――そうだ。

脳裏にふと、一つだけ懸念していたことを、さとりは思い出した。

「いい忘れましたが。来客はいつ訪れるやもわかりません。
地霊殿の名に恥じぬよう、本日もまた一日。一貫してしっかりと身奇麗な格好を徹底してくださいね」

「はーい!」
「了解でーす」
 
 格式はあれども、交流はなし。
 そんな地霊殿というブランドにどれほどの評価があるかはわからないが、少なくとも、今回訪れる「人間」の御仁に関しては、なんとなく悪い印象をさとりは与えたくはなかった。
 
 もちろんさとり一派が地底において嫌われ者の中の嫌われ者であることは承知している。
 とある事件を経て、その危惧が更に大きくなっていることもまた知っている。

そんな立ち位置に居ることに、いまさら異を唱えようというわけではないが、それならばせめて「礼儀くらいはわきまえた存在」であることぐらいは知ってもらいたかった。

外からの来訪者となれば、横行する醜聞に侵されていない唯一無二の人物だからこそ、地霊殿という「組織」を、評価するにふさわしい人材であるのだ。
 
 ――そのためには、どれだけ低俗といわれようとも、まず見た目が肝心。
 
燐はさておき。その意味で危険なのが空であった。

さとりがうらやむくらいに、女性の基本形として優れた容姿を持つ空であるが、何せ人の体に成ったのが最近のことなのである。
監視の目を一時でも緩めてしまえば、すぐにでも着心地の良く、擦り切れかけた楽な服装へと走ってしまうことは想像に難しくなかった。

炉の問題、監視の問題を含め、彼女の動向には眼を光らせねばなるまい。

「それでは今日も頑張りましょう」

言うまでもなく、その言葉の先は自身であった。

――そうだ、頑張ろう・・・・・・。

むくむくと、鎌首をもたげ始めた久方ぶりの気概に、さとりはやや鼻息荒く花壇へ向かうべく踵を返し。

「「あのさとり様」」

出鼻を打つように、ペット二名の声が掛かった。
まだ何かいうべきことがあっただろうか、とさとりは思わず振り返って、


「「服、裏表逆です」」
「・・・・・・」

もちろんこれは想定内だ。うん。

――場を和ませるために計算され尽くした、高度なギャグなのです・・・・・・!

服装を徹底しろといった折、さっそくそれを反故にしてしまったと吐露するわけにもいかず。地霊殿の主は、出来る限り無表情を装って足先を自室の方角へ向け直した。口実は言うまでもなく「お色直し」である。



せっかくの朝だというのに、小鳥の鳴き声さえ遠のいてしまった静寂が、やけに耳に痛かった。







 相変わらず地底の風は甘い香りに濁っているし、食品の詰まれた小屋の中は良くも悪くも生活臭に満ちている。我が家ながら、やはり爽快とはいい難い環境ではある。


それでも、せっかくの朝なのだ。


「・・・・・・」


気温は低いが、むしろ体を動かすには調度良い。
なにより。緩く、そして淡い日光は、寝不足のパルスィにとって薄っぺらい毛布などよりはるかに眠気を誘った。

その中でゆっくりと朝食を取り、茶を一服嗜んでの腹休め。
不動たる湖面のように穏やかなな気持ちで過ごすことが出来れば、今後三日は打ち崩されぬ精神の牙城を打ち立てられたとしても不自然ではなかったのだ。

だというのに。


「あたしは夜型だからよぅ、今は「夜」なんれすよ。つまり! これは朝酒じゃなくて寝酒なんれす」
「ああもう、人が水汲みに行ってる間に二瓶も・・・・・・。朝からそんな濃度の高いもの入れたら胃が荒れますよ!」

ぶっはーと、すっかり出来上がったヤマメの吐く酒臭い息がこちらにまで匂ってくる始末にパルスィの額にビシリと血管が浮いた。

しかし今は朝食の最中。
口にモノを入れたまま怒鳴るわけにもいかず、約一名不届きものの馬鹿を血祭りに挙げようと動き出すには、小屋はあまりにも雑然としすぎていた。

有体に言えば、ついこの間よりも人口密度が2倍あり、その上小屋の居住面積が一回り減っている。

「・・・・・・わたしも、おさけほしい」
「ん~? お神酒を欲しがるなんて珍しいね。だけどらーめ。もっとこう、いろんな場所が、バイーン! バイーン! とアタシみたいに出たんなら手を打ちましょう」
「・・・・・・やまめのは、ふといだけ」
「あっはははは! 地味に傷ついた・・・・・・。 だから飲む!」
「・・・・・・」
「あの、ヤマメさん・・・・・・。もうちょっとだけ声を抑えてもらえると・・・・・・」

短くも共同生活を送っていただけあって、唯一パルスィの怒気を察した智明があたふたと仲裁に入った。

「うーん? 別にパルスィなんかに気ぃ使わなくて大丈夫だって~。 それよりほら、智明君も飲もう! 
ったくもう、パルスィもあたしに構ってもらえないからって、そ~んな怖い顔しちゃってさぁ・・・・・・もしかしてあの日だったりして! あっはっは! 一度言ってみたかったんだこのセリフ~。 それにそんな眉間に皺ばっかり寄せてると――」

「・・・・・・少し。静かにしてくれない?」
「調子にのって申し訳ありませんでした」

やかましいのを一匹、睨んで黙らせるとパルスィは、智明に改めて視線を送った。

見れば小屋を訪れたときには食事を作り終えていたにも関わらず、なぜか今になって再び、嬉々として食材を用意している。

「で、あんたはさっきから何やってんの?」

朝食にしてもそうだが、成人男子が包丁片手に料理を作るというのは、パルスィの中のにある常識からみれば、凄まじい違和感があった。

パルスィのものとは違って、やや調味料を多めに使う傾向がありながらも、実際に食べるにはなんら遜色ない水域の料理を出されてしまった手前、腕前についての疑念を挟む余地はなかったが、まさか年若い男に食事の世話をされる日が来るなどとは思ってもみなかった。

女性への末世的な諦念毒されていたつもりはないが、本来炊事というのは女性がやってしかるべきもの、という認識からはさすがにパルスィも逃れられてはいなかったらしい。

若い身空でありながら、身の回りの世話に明るいということ。それが結局のところ、智明の人生の何かしらを代名しているのかについて聞き出すつもりは勿論ないし、興味もないが、同情を抜きにしてもよくやっていると思う。

「長くここに住んでいる方と聞きましたから、手土産も斬新なもののほうがいいかと思いまして。一応、「外」のものなんで口に合うかはわからないですけど」

 少しだけうれしそうな顔で真っ赤な林檎を掲げて見せる。どうせならその辺りに転がっている山のような野菜も消費してもらえるとありがたいと思う。

記憶のことで世話になるのならば、例え相手が誰でも土産をもっていくべき。
なんて世迷言を言っていたのを思い出して、パルスィは呆れの息を吐き出した。
仮にも地獄の一角に手土産下げての物見遊山とはなんとも気楽な男である。

――いつか痛い目みるんだから。

信じるものにとって妖怪は実感を伴った「恐れ」を抱かせるが、信じなければ所詮は異形の「人間らしき有識者」に過ぎないのだろう。

生ぬるい所見を改めるに必要なのは強烈な経験。
とはいってもうまそうに人間を食う姿を見せてやるほどパルスィは非日常へ倒錯してはいなかった。

外の世界にも神や妖怪の「図説」はあるのだろうが、二次元媒体に三次元的実感を求めるのは少々酷。

パルスィの頭上。自由と豊穣が同居する跋扈する表側とは違い、ここは危険物の多い土地である。それゆえ上の世界よりも「常識的行動を強制される」という管制が敷かれている分人間には住みやすく感じてしまうのも無理はないのかもしれない。

――ま、別にここに住もうってわけじゃないんだからいいか。

こんなにやかましく、面倒くさく、気だるい日々も今日を過ぎればあと少し。
張っていた虚勢を緩めることが出来ることを思えば安堵の息も出る。

「まさかそのままソレ(林檎)持っていくとか言わないでしょうね。妖怪たって草食動物じゃないんだからちょっとは加工しなさいよ?」
「それはもちろん。パルスィさんの分も用意しますから期待しててくださいね」

そーね。
にまりと笑う智明に生返事しながら、しかしパルスィの意識は彼を通りすぎ、その先、遥か彼方に佇む建造物、とりわけその主へと向けらていた。

――心を読む、か。どーりで嫌われるわけだ。

秘め事とは即ち、人の臓物である。
失ってしまえば人としての厚みを損ない、かといって露出すれば他人の怖気を呼び、しかして捨てるにも捨てきれぬ必要不可欠な存在。

血雫垂らして悦に入るは子女の特権だが、あいにくパルスィの繊細さは大昔に売り切れていた。

情報を得るためとはいえ、あの女の目に「今の自分」を曝すことは危険極まる選択であることは間違いない。

「ごちそうさま」

椀を水桶に沈め、両手を合わせながらパルスィは内心で大きく溜め息をついた。

今日もまたいささか面倒くさいことになりそうだ。








「んおー、いってらっしゃーい・・・・・・」

呑気に朝飯を食み、これまた呑気に菓子など作り始めた馬鹿のせいで、出立は既に早朝とはいえない時間。

少し寝足りないから。そういって智明用に敷いた布団でブラブラ手を振りながらまどろみ始めたヤマメと彼女に憑いているキスメを家に残し、パルスィ達は旧都へ繋がる門出橋を越え、旧都の入り口までやってきていた。

「毎度忘れそうになるけど、アンタ足に穴空いてるのよねー」
「ええまあ、その適度に」

パルスィが廃墟から適当に拾ってきた松葉杖を付きながらも、智明の声は半刻ほど歩いてきたにも関わらず元気だった。ほんの一週間前、衰弱死しかけていた人間にしては異常といえる状況である。

「鍛えてたの?」
「そう、なのかもしれませんね。思い出せる限りでは部屋に篭って本ばっかり読んでいたような気もするんですけど・・・・・・。あと今朝から思ったほど傷が痛くなくて」

強がり半分、というのを念頭に置いても智明の声にはうそ臭さがなかった。
地霊殿までの道筋と、ある事情から移動手段が徒歩に因るため、傷が痛まない分にはおおいに都合は良かったが、この有様にはさすがに違和感を覚える。
指をざっくり切っただけで完治するのに4~5日。それが穴となれば言うまでも無い。

また気になるといえば、

「大丈夫ですから。いきましょう」
「・・・・・・そーね」

態度も、口調も、いつもどおり取り繕ったような妙な敬語も変わりない。
だというのに智明の目が、パルスィを見るたびに泳ぐのだ。

見苦しいものを見る目ではない。
どちらかといえば当惑。あるいは困惑か。視点を変えて、では恋慕か、と問われればそれともまた違う。

口篭もったり、あからさまに態度に出してくれるならば詰りようもあるのだが、こうまで些細な変化だと問い詰める気にもなれず、気にするほどかと己の内から疑問する声にも返答のしようがなかった。

コツ、コツ。と定期的に響く杖の音。
揺れる前髪のした、智明の顔には不機嫌さもない。

看病するといっておきながらいきなり放置された挙句、老獪極まるヤマメという相手との同棲強制されたのだ。パルスィ自身が受けたとすれば、さぞ文句では済まさないであろう酷い状況には、いくら温厚、穏当な性格を繕おうとも凌げるものではない。

そう。凌げるものではない「はず」なのだ。

「寝癖、ついてますか?」
「・・・・・・」

不躾なまでに観察してみるが、事実少しやつれて見える以外精神的な影響はなさそうで、今朝のやり取りを見ている限りではむしろ随分ヤマメに心を許している節さえ見えた。

つまるところ、態度が変わった理由がわからない。

やたら治りの速い怪我のといい。奇妙な落ち着きと行動といい。出自といい。状況といい。ただの人間にしては、横の「これ」はあまりに謎が多かった。

――歯切れの悪い・・・・・・。

「あの、パルスィさん」

考えに没頭しすぎて声を上ずらせるような真似は勿論せず。普段どおりの無関心を装って智明を仰ぎ見る。

「何?」
「道の先に見えるあの建物が目的地なんですよね」

視線の先。大路の終着に座すは地底の中核であった。

地霊殿。

建造物という単語に当てはめるには分不相応なその出で立ちは、まさに文字通りの神殿と呼ぶにふさわしい。

誰のためか、組み込まれた柱には幾何学模様の複雑な彫刻が絡みつき、見うる限りの側壁には紫色のステントグラスで覆われた窓が蟄居していた。

近づくにつれて濃くなる何かを焦がした甘い臭い。そして地底という暗所にあって猫の目を思わせる細々とした紫色の光は総じて見るものの印象を歪め、巨大な棺桶かはてまた醜悪かつ巨大な昆虫を髣髴とさせるかもしれない。

「悪趣味なナリでしょう? 近くに見えても距離にしたらまだまだ先よ
今居るここは<旧都>歓楽街の入り口。そこから旧居住区を通って、第三廃屋区。そこを抜けてからも、荒れた道をそれなりの距離歩くことになるわ」
「そんなに遠くても、ここから目視できるんですね」

智明が驚くのも無理はない。外の社会がどうなっているのかは知らないが、

「こんな無駄な土地の使い方があるのか、って?」
「・・・・・・ええ、まあ。
遺跡や諸外国の宗教施設として見ても、かなり規模が大きいですよね。国家神道本家を謳う大社と比べても区画単位で遜色ありませんよ。
――祀られているのは神様、・・・・・・なんでしょうか」

疑問に思うのは、横たわったソレが機能美に溺れた外装であることのほかに、神々しさとは正反対の意図を感じたからだろう。
散々地底を「地獄」呼ばわりしてきたパルスィだったが、そういえば、その内容の詳細と地霊殿の関係性を説明したことはなかった。正直言えば身内の恥を曝すような話でもあった。

――面倒でも暇つぶしにはなるか。

智明にも説明したように、目的地までの道のりははるか彼方にある。

それまでの間ずっと無言で歩くのも、それはそれで気疲れしそうだし、智明がどこか持っているだろう地底社会への「憧れ」をへし折ってやるいい機会なのかもしれなかった。
万が一への保険であってもかけておくに越したことは無い。

パルスィは内心でそう算段をつけると、慎重に言葉を選んだ。
ぴん、と一本指を立てて、講釈。

「ここがどんなところなのか――は、もう大体理解したとは思うけど、気持ちが悪いから一応明言しておきましょうか」

智明が目覚めてからは、精神的な悪影響を考え、ひたに「僻地」として説明してきたが、既にここが大空洞であることは彼自身によって暴かれてしまっている。

またここ数日、ヤマメとの対話で地底や妖怪についての話題が出なかった可能性はほとんどないであろうことから、病床あった頃合から変わらぬ態度を貫く智明の「順応」を示唆してもいた。

――せーぜー眉に唾を塗ってもらいましょうか。

「この旧都。そして遠くの地霊殿までのまるまる一帯ぜーんぶ。元は「地獄」と呼ばれた場所にあったものなのよ。
――見なさい」

青と白。二つの人魂が智明の横をすり抜けていくのを目の端に留めながら、パルスィは時間にして真昼であるにも関わらず、煌々と「酒」の看板を掲げる店先を顎で示した。

「前から気になってたんですけど、どの建物も随分年季が入ってますよね。この間ヤマメさんと喫茶・・・・・・」

思わず口から本音が。そんな顔で智明が固まった。

「喫茶・・・・・・?」
「・・・・・・。あー。ほ、ほんの少しだけ、気分転換に喫茶店に連れて行ってもらったことがあったんですけど・・・・・・、あー、そこも凄い趣のある場所でだったなぁ、なんて・・・・・・」

パルスィの懸念を他所に、この男。既に実地視察まで終えているらしいかった。
それもあれほど安着に出歩くな、と警告されておきながら、だ。

話を早々に打ち切ろうとしながらも、だらだらと冷や汗をかいているのは、パルスィの顔に浮かぶ感情をはっきりと理解したからに違いあるまい。

「へぇ。その足で」
「か、甘味が恋しくて」
「へぇ。その足で」
「気分転換に・・・・・・・、申し訳ありません。深く反省しております。
なのでその拳を引いてくれませんか!」

 相変わらず自身の痛みに無頓着な輩への罰。ついでに今朝から感じた微妙な掻痒を含め、やや理不尽な怒りを智明の頭に落とした。
無論相手の背が幾分高いため、爪先立ちになった分威力は抑えめに、だが。

「何かいうことは」
「配慮が足りませんでした・・・・・・。以後気をつけます」

うむ。

「反省するなら良し。
大方ヤマメに無理やり連れて行かれたとかそんなオチでしょうし。今のお仕置きで全部不問よ。看病をほったらかした私にも落ち度はあるからね」
「私の我侭ですよ」
「その話はおしまい。アンタのせいで随分逸れたけど、おおまかな認識はそのままで大丈夫よ。話を戻すわ」

旧都に根付く様々な家屋。それはどれも古く。等しく朽ちている。それ誰の目にも明らかなものであった。
もちろん、掃除の行き届き具合。屋台の種類。はてまた諍いのためか、損傷の激しさに差異はあるが、

「新築、なんて呼べるものが目の届くところに見える? 見えないでしょ。
まぁ正確に言えば新造された家ってのは少なからずあるんだけれど、それが目に見えた形でわからなくなっているのよ。――あー、自分で言っててわかりにくいわね」

赤く、小さく果実で、種で覆われている。それが苺というものだ。

そんな風にやや迂遠な説明になっていることには気付けても、孤独を生業とするパルスィに巧みな話術など望むのは少し困る。専売特許は恨み言と呪言くらいだ。

ただ今回のみに限って言えば。

「木材が既存の古びたものしかないから、それを組み立てた「新築」は既に「廃屋」という雰囲気になってしまったということですか」
「――聞き手の融通が利くと楽でいいわね。
全ての建築物に新旧の差異がないってことは、転じれば「同じ時期」「同じ場所」に「同時」に用意されなければ為し得ない奇観ということになるわ。
一つの村ならまだしも、こんな広大な空間を埋め尽くす建造物の山がなんの根拠もなく、なぜか同時着工されたというより。他所から一斉に転移してきた、って考えたほうが逆に無理がないと思わない?」

 口数が多いことにか。はてまた「喋れたのか」とでも言いたそうな怪訝な目で、通り過ぎる様々なモノがパルスィをおっかなびっくり眺めていることに気付いたが、さして気にすることもなく思考の果てに追いやってパルスィは歩みを速めた。

 ゆっくりと立ち話を楽しむには、歓楽街の騒々しさは予想以上に鬱陶しい。

「広範囲にわたる建造物が同じ度合いで廃れている・・・・・・。確かに奇妙ではありますけど、平城京や江戸時代の軒並みが現在からすれば同じ「古い家」にしか見えないように、徐々に構築された町並みが年月を経て新旧の区別がつかなくなった、という方が現実味がありませんか?」
「異次元から転送されてきた、なんて考えよりは人間大かつ尤もな意見ね。ただ問題はそれが地上でなく地下という環境で発生するのか、ってことに疑問が残るわ」

昼夜問わず薄暗闇に覆われる地底にあって、常時不気味な紅い光を発しつづける提灯の並び。その連なりに参列するような形で漂っていた剣呑な思念がこちらに意識を向けるのを感じて、パルスィは無言で智明の腕を取り、自分の右側から左側へと押しやった。

「・・・・・・頼もしい限りです」
「気ぃつけなさい。妖怪は酔って無害になっても思念体は常に素面で「空腹」よ」

軽く視線を交し合って、二人は再び何事もなかったかのように雑談を開始した。

「地下だと物資の搬入が大変だからですか?」
「それだけじゃないわ。言ったでしょ?太陽のない場所で作物を育てるのは不可能に近いの。水の確保が容易い一方で水脈や大陸の断層と近いこともあって一概とは言えずも地質は緩い。当然のように地震にも弱い。私達のように分け合って「蓋をされる」ならまだしも進んで地下に住みたがる人間なんて居やしないのよ」

隠者を気取って暗闇を好む人間は転じれば太陽が必要不可欠と分っているからの反作用である。地理的な面からも物理的な面からも精神的な面からも地下に住まうなど一利もあるまい。

仮に、だ。そんな場所に住まう有識者があるとするならば。

――骸か怨念くらい、ってね。あー、自分で思ってて嫌になるわ。

パルスィは智明に聞こえないよう、微かな溜め息をつくとコリコリと額を掻きつつ、

「実際何度か崩落を起した場所もあってね。これから通る第三廃屋区はその筆頭。
地区の大半は降り注いだ岩盤に潰された廃屋。ついでそこから飛散した瓦やら木材やらが積みあがった塵(ゴミ)の集積場って感じかしら」
「第三、ということはほかにもまだ・・・・・・?」
「そ。詳細は除くけど、第四区がどこになるでしょうか~ってね。そんな状態でも何食わぬ顔で酒かっくらってられるのは数少ない妖怪の特権よ」

見れば自覚なしに顔を曇らせている智明は、間違いなくお人良しだとパルスィは思う。きっと人が死ぬだけの小説を読んだだけでボロボロ泣くに違いない。

うん。機会があれば是非試してみよう。

「表の文明とは根本から違うわけですか。
やはり大量の物資――、旧都という「街そのもの」がどこかからやって来た、という考えに到るのが自然なのかもしれませんね」

得心がいったような、しかし矛盾があるような微妙な顔つきは常識の非常識のせめぎ合いに相違なく、彼が向こう側の人間であることを如実に示しているようにも見えた。

「確証というより可能性を削った末の後ろ向きな、ただの「通説」。
あいにく私達は住んでる家の出所より、器に盛られた焼き鳥の味の方が大切なのよ。
探求や学問に価値を求める人間の大半は」

顎をしゃくって上を示した。

「向こう側。
まぁもっとも、私達の「隔離施設」として利用されてからは学者が立ち入る隙そのものがなかったわけだけれど」

つまり、

「もしもこの奇観の真相を知っている誰かがいるとするなら、隔離施設としてのシステ・・・・・・体系を作った人物」

智明が言い。

「もしくは向こうからやってきた誰かしかいないでしょうね。
「地獄」からやってきた誰かが、ね」

パルスィ切り、途方もない与太話に口の端を歪め軽く肩をすくめてみせる。

長く話し込みはしたが、終始随分とうさんくさい話であることは言うに及ばず。
「説」を出ない空を掴むような絵空事は、本来酒の肴にすら到らず消えるものでしかないはずなのだ。

しかし予想に反し、智明には絵空事であっても十全に興味をそそられたらしく、頭を悩ませるように顎に指を置いている。

「・・・・・・」

その仕草は、言ってしまえば己の問題に目を向けたくないあまり些事に思考を割く外の人間特有の「幻想への逃避」にも見えた。
しかし、そういった青さとしての括りの他に、智明には魔性に魅入られたことによる思考の逸脱、またそれに似た「危うさ」がここ数日滲んでいるようにも感じられ、パルスィは言外に落ち着かせるよう少しだけ声のトーンを下げて語りかけた。

「しっかり反応してくれるのはうれしいけど、話半分に聞いておきなさいよ?
興味本位であっちこっちフラフラ歩かれると本気で危ないの」

「私ってかなーり信用されてないですよね・・・・・・。
もちろん鵜呑みには出来ませんけど、街や文明の起こりについて考えるのは、不謹慎ですけどやっぱり興味をそそられます」

無知による欺瞞というよりは純粋に肝が太いか危機意識そのものが薄いのだろう。
ヤマメが同行しているとはいえ、一度旧都にやってきたということは、自身に向けられる言いようもない嫌悪の視線は既に味わっているはずなのだから。

「パルスィさんの話も実体験が多くてすごく説得力ありますし」
「誉めても手しか出ないわよ」
「なんでですか・・・・・・」

周りの環境に流されないということ。

それは図々しくもある意味では逞しい自己の確立で、かつてパルスィには備わらなかったものでもある。

「実地調査とか言って、その内怨念に乗っ取られてトチ狂っても私は助けないからね」

視線を正面に戻せば、あれほど連なり、不気味に列を作っていた提灯がある一定の境を持ってぷつりと途切れていることにパルスィは気がついた。

妖しくも賑やかな歓楽街の終わりである。
そしてそれは潰えた文明が形作るゴミ山の始まりへの入り口でもあった。

「先は随分暗そうですね。――パルスィさん?」
「この辺りで行灯を借りるから町外れで少し休憩しましょ。
これを持ってあそこで大人しく座ってなさい。いい?「大人しく座っていなさい」」
「え? あ、はい」

少し先にある、誰もが見向きもしない古びた長いすを指差し、懐から取り出した小さな布袋を取り出してから智明に手渡し、唖然とした空気を後ろに、そのまま<酒>と書かれた店の暖簾をパルスィは潜った。

「明かり、ね。そうよ、迂闊だったわ」

あれほど饒舌に旧都のなんたるかを語っていたこともあって、急遽準備万端という風を装ったが、

「そういや私、徒歩で地霊殿行ったことなかったわ・・・・・・」


浮き足立っているのは、果して。









パチン、パチンと。
人工太陽の下にありながら、相応に美しい薔薇の茎が剪定バサミで落とされる音色が響いている。

音の出所は地霊殿の大屋敷を背後に備えられた庭園の中だ。通称はそのまま「裏庭」という。

備え付けられた炉の口があるため、熱気のせいでそもそも植物が育たない気質の中庭とは違い、暇つぶしと称しながらも念入りに手入れされた青草が悠々と繁茂する様子は、地底という「生」と掛け離れた風土にありながら、香り高い紅茶を味わうに相応しい静謐の場といえた。

地霊殿の主にして原初の恐怖を語り、地底最古の住人とまで呼ばれる妖怪――古明地さとりはその中で優雅に、

「お燐、腰がもうダメです」

汗だくになりつつ、うめいていた。

腰痛だった。

「普段運動してない人がいきなり中腰で作業するのは辛いですもんね~」
「つい熱が入ってしまったのよ」

迎賓用に用意した花はすでに回収を終えながらも、やれ剪定だ、肥料だ、水遣りだ、と作業を重ねている間に、気がつけば水分時計の短針が進んでいたのだ。
気がつけば無理やり曲げたままの腰はすっかり固まって、戻そうと力むたびに致命的な音を発している。

もちろんお燐とて、その惨状にいたるまで傍観に徹していたわけではない。
要求されるまま、まるまると膨れた肥料の袋や土の運搬など、細腕のさとりには到底なしえない力仕事はほぼ彼女がやっていたのだ。
つまり、

「もやしですね」
「・・・・・・あ、主への暴言は許します。なので、あの椅子まで慎重に運んでください」
「あいさー」

裏庭に備えられた白い丸テーブルの数は9。
またそれぞれに4脚の椅子があり、総計して大人数をもてなすに相応しい数が並べられていた。

しかし、ものによっては全く手入れがされていないため、ほとんどが折れた足の変わりに詰んだレンガによって支えられたまま甘い風の吹く美しい庭園の中でひっそりと身を朽ちるに任せている。

汚れが落とされているのは、9あるテーブルのうちたった2つ。
その内の1脚に運ばれたさとりは、大きく溜め息をついた。

「ありがとう。・・・・・・さすがにこれ以上は迎賓に支障が出てしまいますね」
「ですね~。道具とゴミ、片してきちゃいます」
「終わったらお茶にしましょう」

どこから出したのか、人一人がすっぽりと入であろう愛用の一輪車を取り出し、凄まじい速度で片付けを始めた燐を視界の端に留めながら、あらかじめ用意した塗れた手ぬぐいで手を清め、蒸らしたまま放置しておいた紅茶をポットかた二つのカップへと静かに注いだ。

予想以上に放置された紅茶は、やはりというべきかすっかり温かみをなくしていたが、

――ま、お燐には飲みやすいでしょう。

そう思い直し、冷えたまま楽しむことにした。

妖怪に猫舌という通念が出来ようされるのかは知るところではないが、本来の構造か、もしかすれば単なる思い込みか、人型の時であっても燐は熱いものが極端に苦手だった。

「いい香りですね~。ちゃっちゃっと終わらせちゃいます」

紅茶の臭いに鼻をひくつかせ、うれしそうに作業速度を上げた結果、作業を終えた燐を迎え、ゆるゆるとした空気の中で簡易のお茶会が始まるのにそう時間は掛からなかった。

菓子の変わりに用意される話題は、必然、いつ訪れるやもしれぬ来訪者のことになった。

「今回のイベント。やっぱりただの暇つぶしなんですか、さとり様」
「もちろん。ただ、今回に限っては、趣味と実益はそれぞれ半々といったところでしょうか」

冷めた紅茶に風味はやや濃く、渋みが強い。蒸らしすぎである。

「半々ですか。
それにしたってたかが橋姫のおねえさん相手に直筆でご機嫌を伺いの手紙なんて、どんな実益があるっていうんですか。最近じゃ空も飛べなくなった鬼の「成り損ない」ですよ?
よしんば手紙が本意でないにしても、ここは地底で、地底の主はさとり様。
上の連中の威光だってあたい達にはなんの強制力もありゃしませんよ」
 
口を尖らせながらぼやく燐の質問にさとりは答えず、手にしたカップに砂糖と煮詰めたミルク。そして茶色い粉――シナモンを落として即席のチャイ(紅茶の一種)をこさえると、それを一口だけ啜った。

「紅茶のように、一つの味に固執することなく趣向を変えれば、幾分楽しみは長く、そして飽き難くなるものなのですよ、お燐。
事実ここ数日、とても充実た日々ではないですか」
「腰、また悪くしますよ」
「ふふ、手厳しい・・・・・・」

同じ物にしてくれ、と言外に突き出されたカップに同様の処理をしつつ、さとりは目を細めて笑った。一見して朗らかに、また相対的には陰湿に。

「大河の一滴。「前回の騒動」で私は完全な外様として舞台を下りることとなりましたから、今回こそはその潮流に乗り遅れたくない。

――つまりはその一点に尽きるのですよ」

前回の騒動、という言葉を聞いて、一瞬バツが悪そうに燐の登頂に立った一対の耳が伏せられた。

「あれはあたいの「企て」であっても「本意」じゃありませんでしたよ。
あー、つまりなんですか、あの規模の「祭り」がまたここで起きるっていうんですか?」
「可能性は半々ぐらいでしょうけどね」

燐が頭を捻った。

「んん?? だってさとり様さっき実益があるって・・・・・・、む、ひょっとしてあたいのことからかってます?」
「まさか」

説明しろ~、というあからさまな不満の意志が対面の席からひしひしと伝わってくる。

しかしそれきりせがめども言葉は発さず、ただ痺れるように甘い紅茶の味をしばらく無言でさとりは楽しんだ。

裏庭に流れる、甘い煮焦がしの風に加え、岩壁ではありえない濃厚な土の匂いと草花の匂い。それらが唯一無二の娯楽に逸るさとりの気持ちをいさめるように頬をなでる感触が、たまらなく心地よい。うっすら肌に浮いていた汗がゆっくりと引いていく。

「・・・・・・」

そして、やや退屈そうに燐が一杯を飲み干し、味を占めたか二杯目を次いで飲み干し、ついで三杯目の半ばまできた頃合に至り、ようやく白磁の底を眺めながら、恐らくは己にだけ覗くことのできる不可視の「部屋」の中で、さとりは呟いた。

――何はともあれ、まずはお二人の無事でも祈っておきましょう。

最後の一滴を喉に流し込む、次の瞬間だった。

「お燐?」
「・・・・・・」

ふと、燐がテーブルから視線の離した後、大きな猫目を天上に凝らし、数秒。

「ああ。――さとり様、お空から伝令です」

緩やかな茶会の気配はその一言で打ち切られ、どこか好戦的な笑みを浮かべた燐が、うねりと尻尾を動かし、立ち上がった。

言うまでもない。彼女の妖怪たる源泉、娯楽を前にした本能が大層疼いているのだろう。
そしてそれは常に温和なさとりとて、例外ではなかった。


「『金色』の『来客あり』、だそうですよ」
 「参りましたか」

 いささか遅い幕開けだが、始まりさえすれば問題はない。

 いざ出迎えのため、とさとりは立ち上がろうとして、

「! ・・・・・・お燐、大変です」

硬直。
忘れていた腰の激痛は、席を立つことすら許してくれないらしい。

「動けません」









「辿り付くだけでも、かなり、大変、なんですね・・・・・・」
「――み、道が分り難いんだからしょうがないのよ!悪かったわね!
いいから黙って歩きなさい。疲れたら表明しなさい。場合によっては無理やり抱えて「上」から直行するわよ」

二人は現在、遭難の一歩手前にあった。

潰れた家屋、潰した瓦礫。挙句飛散した廃材が降り積もり、一種の迷路と化した道程を智明は額に浮いた汗を指で弾きながら、提灯を片手に先頭を歩くパルスィに続いて歩みを進めるも、全容のためか地霊殿までの距離がどれほど縮まっているのかはよくわからない。

なんでも智明の体調を慮り休憩と手当てを挟んだ後、さ迷うように右往左往し始めてからしばらくして聞けば、パルスィは徒歩によって第三廃屋区を抜ける術は知らなかったらしく、結果、指針というにはあまりにも豪快な、

「とりあえず・・・・・・真っ直ぐ行く。
途中に障害があったら迂回するか、壊す。――以上」

作戦(?)のもと、歩みは遅々としながらも確実に地霊殿へ向かって前進することになったのだ。

はっきりと言えば不安である。
しかしそれでも幾ばくかの安堵を得られるのは、山中での遭難とは違い、たどり着くべき目標がはっきりしていることにあるといえた。

「お屋敷がよく見えますね」
「・・・・・・そーね」

旧都にいた頃とは違い、頼る光明が蝋燭一本という心もとのない状況ということもあってか、かつて遠くに見えた「大きいだけの建物」は、「物凄く明るい大きな建物」という具合に変化し、先々の指針として事欠かない光源となっていた。

旧都と同位相上にあるためか、地平に隠れることもなく、時折視界を覆い尽くす岩盤が現れない限りは見失う心配もないだろう。

ただ、照らされる光が強ければ強いほどこちらの足元を覆う影は深く色づき。甘い大気の臭いはあいかわらず鼻腔に色濃い。
文明の廃れた光景のためか、空気の温度は一層低くなったような錯覚さえ覚える。

聞こえる音といえば、やや荒くなった自分の呼気と前を歩く少女の変わらぬ落ち着いた呼気、歩むに揃って松葉杖を突く音、そして――ときおりドカ、という乱暴な音と共に、何かが崩れる音が響くだけだ。

暗所に特段恐怖心を抱くことのない智明であっても、この濃厚な静けさの前にはさすがに二の足を踏むものがある。

暗澹とした雰囲気を散らすため、休憩を挟む前からパルスィと交わしている、世間話――というには話題がやや堅いが――だけが、静寂の空間の中で唯一温もりを感じさせるものの、彼女自身、この場所に思うところがあるのか、先ほどから口調の軽さとは逆に、地面を一歩踏み込むたび気配が剣呑になっているように感じられた。

昨夜見てしまった引出しの中身――おそらく彼女についての知識をもたない赤の他人ならば特段思い悩むような事物ではないのだが――覗き見てしまった智明自身、素知らぬフリを続けることに傾注するあまり、口をつく話題がお座なりになっていることも勿論一因である。

嘘をつくのは得意ではないが、嘘をついていると悟られないことに、智明は得手があった。

「向こうは明るいですね」

ふと。自分で口にして、屋敷を包む光がどこか人工的であることに気がついた。
いくら強風の起こらない地下空間とはいっても、火で光明を取っているのならばあそこまで「揺らがない」のはやや不自然である。

――深夜のコンビニみたいだな・・・・・・。

つまり、
「・・・・・・・・・・・・電灯?」
「何か言った?」
 
思わず漏れた言葉はこの場所では独り言と大差ない音量で響き、当然、パルスィは怪訝な顔で振り返った。
しかし、

――困った。

まるで蛍光灯のようだ、と説明して通じる自信がないのである。

生活水準を決め付けるつもりはないが、火で暖を取るのが主流の文化である。
電気を使った照明器具がうんたら~と講釈を垂れるには、智明の知識量を含め、さすがにどうかと思う一方、既に苛立ちレベルにまで到達した彼女の気をこれ以上悪くするのも、同じくらい恐ろしかった。

しかし白状してしまえば、

「私が電気も電球も知らないと思ってたの?
馬鹿にしないでよ。アンタが思ってるほどここの生活水準は低くないわ」

意外にもあっさりと話が通じて、智明は思わず目を瞬かせた。

「すぐには信じないでしょうけどね、私みたいに自分の労力で生活を賄ってる面倒くさい奴はむしろ希。
飲食物にしたって、・・・・・・例えばここのお酒。酒精が造る一割を除けば、捌かれるのは機械化された精米機で濾された、精米歩合六割以下の特別本醸造酒よ」

電気。そして機械。登場する聞きなれた単語に、しかし智明は違和感を禁じえなかった。
もちろん彼女の生活を馬鹿にしていたわけではもちろんない。
が、言われてみればまともな生活風景はパルスィが送っていたものしか知らないのもれっきとした事実である。

「そんなに驚くこともないでしょ。別にここは江戸時代じゃないのよ。
成り立ちからいるわけじゃないから憶測だけど、ここらの家は良くて大正、悪くても明治初期あたりの出でしょうね」

足元に転がった壁面の一部を、パルスィは右の足で示すように小突いた。

「それぞれの家の大きさが違うし、掘っ立て小屋みたいにみすぼらしくもないでしょ?あっちの方には少ないけど煉瓦もある。明治維新から各々の大工が「色」を出せるようになった証ね。
家の寿命はおおまかに100年くらいでしょうから、明治維新から100年で西暦1969年。今が西暦換算で何年になるのかは知らないけど、大分近いと思うわ」

『明治維新』という随分と聞きなれた言葉にどこか感動しつつ、咄嗟に年表すら出てこなかった智明としては、なるほどなるほど、と「あかべこ」宜しくコクコクと首を振り、目の前の少女に感服するほかなかった。

「明治よ、明治。
その頃にはとうに鎖国も終わって外界の文化が馬鹿みたいに流入した時代の代名詞じゃない。――『散切り頭を叩いてみれば』なんとやら、ってさすがにアンタも習ったでしょ。
ま、打って鳴るのは足りない頭か。はては食って食って食いまくって、そのくせ馬鹿みたいに鳴く腹の虫かは知らないけど」
「貪欲なのも結局は「良し悪し」ですよ」
「・・・・・・そーね」

聞いているほうが怖気づくような皮肉は、素ではなく苛立ちのためだと脳内補完しておく。

――それにしても。

時代背景。確かにその観点から言えば文化の水準を高く見積もる指針にはなるだろう。
なにせ近代化された兵器の影響によって誰もが気軽に侵略を始められるようになった良くも悪くも文明により、武力と欲望によって様々な国が振り回された時代なのだから。

しかしにわかには信じられない話であることもまた、道理であった。

「発電所が存在するんですか」

こんな場所に、と口に出すのはさすがに失礼にすぎるだろうか。

「でなきゃ電気なんか通んないわよ。あー、そっか、そういえばその説明はまだだったわね」

右手に智明の荷物、左手に店から借りた提灯を持っているため、自由になる脚だけで瓦礫を散らしながら、パルスィは歩調を崩さぬまま、

「結論から言うわ。これから私達の向かう場所がその「発電所」よ」

緑色の瞳が智明とソレを結ぶように動き、極めて自然に促され智明は再び道の先佇む巨大な建造物へと改めて思考を走らせた。

横たわるように身を伸ばした全長2k㎡ほどの空間はやけに無機質で。宗教施設というにはシンボル性に欠けた無骨さが目立ち、人が住まうにはあまりに悪趣味かつ大仰な印象がある。

今更ながら端的にその姿を言い表すながら、智明が小学校に通っていた頃に見た浄水処理施設か、はたまたゴミの処理施設とよく似ていた。

「つまり霊殿という名前は後付けのもの・・・・・・?」
「少し検討違いね。いわば発電は副業よ。あの馬鹿でかい固まりの役割わね、とにかく火を絶やさずに、長く長く「燃やしつづけること」なのよ」

明らかな嫌悪に塗れたその言葉は、ただあの施設が火力発電をしている、という情報のほか。その裏に言い表せない禁忌を臭わせた。

あくまで伝聞だけどね、と。パルスィは最後にそう締めくくったが一度埋め込まれた違和感を消すには不測する。

燃やし続ける。果してナニをなのだろうか。
浮かんでは消える想像のおぞましさに、背筋が寒くなる。

「覚えてる?ここら一帯の建造物は「地獄」から、やってきたのよ。
異次元でも平行世界でも過去でも未来でも天国でもなく、地獄からね」

誰一人目せずとも、結実として突如出現した建造物の山々。

それらがただ「不可思議な場所」より来訪したというならば、なぜそんな限定的な地名が使われるのか。
恐らくパルスィは問うているのだ。

「別のどこかから建造物が転移してきた、というならむしろ平行世界やら未来や過去の「今」から送られてきたというほうがまだしも現実的で、語感も印象も悪くないはず」

意志とは無関係に、唾を飲み込むゴクリという音が漫画のように強く鼓膜を叩いた。

「幻想郷という曰く「幻の土地」。その地下に眠る、曰く「古の地獄の都」。
地盤も地盤。出来事も出来事。
全部が全部眉唾なものだけどね。宗教概念として用意された「地獄」なんて単語を持ってあえて持ってきたのは、――そこにとある「確証」があるからなのよ」
 
1つ情報を与えられるたび、足首に鉄球を括られた気分を智明が味わう一方で、やはり「住まう側」であるパルスィは、世間話の口調を崩さなかった。

「確証・・・・・・?」

芸のないオウム返しはよくよく張り合いのない己を評するにふさわしいと嘆きつつ。
しかし質問を返しながらも、頭のどこかでは既に答えを死っているかのような奇妙な感慨が、まるでしこりのように胸中に異物感をもたらしていた。

パルスィの言う、「燃やすこと」こそが本業だという地霊殿。
そして地底の建造物の全てが、地獄よりやってきたという口伝。

 ふと脳裏で、昨夜のヤマメの言葉が蘇った。


『地底の住人が単なる嫌われ者だとするならば、地霊殿はその中でも極めつけの「異端」派閥だ。
地上から追われた妖怪を受け入れこそすれ、実権は握らず、完全に無視。
挙句、普段は何をしているのかと思えば、とうの昔の放置された「炉」に火をくべて、からくり人形みたいに何十年も罪人の魂を焼き続けているときたもんだ』


あの時。そのセリフを聞いた時、真新しい情報という以上の感慨を、智明は抱かなかった。
しかし今なって思う。
戯言と茶化しながらも、酷く真剣な目をした彼女が、その言葉の裏で何を言いたかったのか。

気付けば、智明は口の端から言葉を零れ落としていた。


「火葬場」


「・・・・・・。地霊殿の妖怪がここの住人に嫌われている理由がわかるでしょ。妙なレッテルを貼り付けたせいで収容所として押し込められる元凶でありながら、暴力でうさを晴らすには相手が悪い。恨み言言ってどうにかなるものでもない」

人と人ならば、権力に差はあろうと言葉も暴力もある程度は通じるだろう。それこそまさしく「人並み」に。
しかしそれが届かぬ山や、掴めぬ霞みならどうだろう。

「歯痒い以上に不快感の固まりみたいなものよ。それはこうして出向いてる私だって例外じゃない。
前にこの話をしたとき、アンタは「実害」を怖がっていたけれど、それは背景から来る怖ましさとは別物でしょ」

そこでパルスィは言葉を区切り、意地の悪い笑みを浮かべたまま顎をしゃくって前方への注意を促した。

――なんだこれ。


 視線の先、太さだけで智明の腕ほどある鉄のパイプが何十と連なった鉄扉の門と、広大な屋敷を更に広大に囲む数メートルの石の壁が屹立していた。

途中行き先を塞いでいた巨大な廃屋を迂回していたため、智明の距離感はそれに気付かないほど失せていたらしかった。

改めて視野を絞れば突いた松葉杖の先、影と廃材によって埋もれた地面は突如としてナリを顰め、変わりに平たく舗装された「道」と呼ぶべきものに変わっていた。

そして、

「相変わらず無駄にでかいわね」
「―――」

煌々と目を光らせる異形の神殿。

遠目からでは想像もつかない敷地の広大さは、こじんまりとした家々の集合体であった旧都の一軒屋などと比較するに及ばず。数メートルはあるであろう鉄の門扉は巨大な獣の口腔にも見えた。


何かを燃やしたような甘い煮焦がしの風。
複雑な彫刻があしらわれた、辺境に渡すには大仰な「門出」を祝福する、橋。
娯楽と享楽に沈んだ喧騒の廃屋。その先に佇む廃材の山。
住まう妖怪。怨霊。そして地獄。

 それら地底に吹き溜まった違和感の総体が、この門扉の先に繋がる場所に集約されているのかもしれない。

「さっさと行くわよ」

固まるこちらに声を掛け、さっさと歩いていってしまうパルスィを智明はあわてて追いかけた。


伏魔殿への突入、などと喜劇めいた装飾で粋がるつもりはないが、せめてもう少し意気込む時間が欲しいと思うのでは自分の我侭なのだろうか。


遠くに揺れる彼女の後ろ髪が、地を蹴るたびに凛と強く踊っていた。 







あとがきスペース

すいません力つきました、後書きは後日追記します。

とりあえず言いたいのは、お粗末でごめんなさい。中途半端でごめんなさい。誤字多くてごめんない。


・・・・・・なんだかんだでいつも通りです。



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*
○2011/10/21○
ドジっ子さとりん。いいぞもっとやれ。

登場人物が増えてキャラクター性もはっちゃけてきたような。いいぞもっとやれ。

完全版待ってますね。
[ 編集 ]
○2011/10/22○
返信遅れて申し訳ない。後書きすらこれからという体たらく。

> ドジっ子さとりん。いいぞもっとやれ。

当初はもっと黒幕めいた物静かな雰囲気だったわけですが、正直パルスィが冷静なキャラクターなので画面栄えと結局黒幕でもなんでもないので愉快なキャラクターになりました。

ドジッ子奮闘記が流れる傍ら、地霊殿とは恐ろしい場所なんだぞー、と智明を脅かし始めるパルスィという対比の構成で、実際に会ってみたらなんだこりゃ、みたいな。

とはいえ、フザケ半分ながらも、今作のキーマンであるさとり様。次回は胸の内に抱いたとんでもない思惑を実行に移そうと鳴動を始めます。

『金色』の『来訪者』とはもちろんパルスィではないので、新たらしいキャラクターも登場してなにやらきな臭い雰囲気へ。


> 登場人物が増えてキャラクター性もはっちゃけてきたような。いいぞもっとやれ。

まぁ主に会話分の区分けのためですね。

例えば今回だけをみればヤマメはただの飲んだくれだけど、前回では真面目に忠告してくれる姿もあるわけで、作品を通して見られる人間性の陰と陽、精神の二面性として捉えてくれればありがたい。

今回能天気な一面しかみせない「お空」も、次回以降はさてはて(笑)。

twitterでも書いたように、今後は世界観の説明が薄くなる分、キャラクター同士の会話や動きそのものに視点があたりますので、これから登場するキャラクターはどんどん増えていく予定です。読みにくさを感じると思いますがご勘弁。


> 完全版待ってますね。

筆が乗れば11月初めくらいに上げると思います。まぁほぼ間違いなく延期するでしょうなぁ・・・・・・(おい)
進捗状況はtwitterでよろしく。
[ 編集 ]
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