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東方SS 『東方守命魂』 第二章 「喪失の同胞たち」前編(仮)


前回に続き、この度は第二章「前編」(仮)を掲載させていただきました。


前記事同様、「東方project」について全く知識の無い方、出来の悪い小説に嫌悪感を覚える方。及び、単純に長文を読みたくない方も、続きはクリックされない方がよろしいかと存じます。



加えて今作は、締め切りに間に合わなかったため急造した「(仮)」作品であるため、中途半端な区切りかたになってしまっているので、気になる方は、後日、補完の済んだ方を読んでいただければありがたいです。



そこまで注意を受けて、なお読もうとするツワモノの貴方は、↓をクリックして続きを出してください。



ちなみに以前の内容を忘れてしまったかたはこちら (私の筆の遅さが全ての原因でございますが)


『東方守命魂』プロローグ


東方SS 『東方守命魂』 第一章 「一滴の水」前編


東方SS 『東方守命魂』 第一章 「一滴の水」後編




からどうぞ。




※する人がいないことは十分わかっておりますが、無断での転載、及びコピー&ペーストはご自重ください。







以下より本編







 ◆




今にして思えば、智明が死というものを実感したのは小学生の時であったと思う。


実にありふれた話である。

体育の授業中、冷や汗に頬を塗らした担任から呼び出された智明は、そこで母方の祖母が病床で亡くなったことを知らされたのだ。

御年89歳。十分に大往生と言える生き様であった。

また昏睡状態に陥ってから息を引き取るまで、祖母は苦痛に顔を歪めることなく、生涯連れ添った祖父の暖かな笑顔に見送られ、安らかに逝ったとも聞いた。



祖母はどちらと言えば厳格な人であった。故、それなりに名のある縫い物塾を経営しており、それが元で父との間に老舗の世継問題で険悪になったのだという。
多分に漏れず、我が両親との折り合いは結果すこぶる悪く、必然、我が家が大手を振って彼女の元に帰省する機会は少なかった。

それでも、そのしわくちゃの手から次々と作品を織り出し、「華」を咲かせていくその様に魅入られた智明は、母親もかくやという勢いで祖母に懐いていた。
対する祖母はこそ、そんなべったりな孫相手にも緩んだ顔をひと時すら見せなかったが、いざ智明が小学校に上がる時分、大量の筆記用具とランドセル、そしてとても小学生に宛てたとは思えない多額の入学祝が贈られてきたことを知り、己がどれだけ祖母に愛されていたのか、また彼女がどれほど感情を顔に出すのが苦手であったのかを知って、顔が熱くなったものだった。


昔好んで読んでいた漫画にこんなシーンがあった。

両親の死の唐突さに、葬式が行われている最中に泣くことのできなかった息子が、ふと何気ない日常の中で大切な人がいなくなった事実に気付き、涙を零すというもの。


その漫画自体、とても共感のできる等身大の物語であったし、「リアリティ」というものをウリとした作風であったから、智明自身は漠然と、己もそういう行動を取るのだと思っていた。


しかし、やっぱり現実というのは格好をつけさせてくれないものであって・・・・・・。


最初に出たのは鼻水であった。
次点で涙。
最後に涎。

競艇さながらのデッドヒート。

顔面から液体という液体を流し、ついで泣くことに体力を使い果たして汗まみれ。
塩害とさえ思われるほどに全身を塩気で満たした、――思春期まっさかりの男10歳、情けないばかりの泣き様であった。

涙が枯れるまで泣き、そして訪れる脱水症状。

現実って嫌なものだ。

祖母が火葬され、天に上っていく姿を、脱水症状からくる熱に浮かされたまま、一人旧家の縁側で伏せ。彼女を見送ることになった智明は、己の愚鈍さを心の底から恨んだものだった。


そして同時に、考えたこともある。


もしも、この世が智明の都合通りにいってくれるものだとしたら。


自分はきっと、何があろうとも己の死を間近で見送ってくれる。そしてそれまでの間もずっと傍に居てくれる誰かを、望む。




願わくば、同じ揺り篭から、遠く、同じ墓場にまで到りますように――。


 









第二章 「喪失の同胞たち」
 
 
 




 



そこには死活問題が横たわっていた。


「・・・・・・」


軽く、荒い紙面の質感を感じる。
そして、それより更に乾ききってしまったような感覚のする手で「文々。新聞」と銘打たれた紙束を丁寧に畳んで傍らに置き、若い男――現在療養中、ついで記憶喪失、さらに言うと元水死体になりかけた過去を持つ――和泉智明は、すっかり乾ききった傷口の包帯を躊躇無くほどいた。


以前のように、血糊のせいで張り付いた布を引き剥がす苦悶に耐えることも無く、あっさりと姿をあらわした、傷に視線を送った。


腿(もも)の付け根付近。
そこに傷があったとわかる肉の丘陵には、ところどころ不自然な盛り上がりと歯茎に似たピンクの色彩が垣間見えるが、今のところ酷い出血も無く、内部が膿んでいる様子も無く、それゆえ感染症から患部に熱を持っている、というようなことも無いようだった。

もちろんこれが自然治癒力に拠ったものではないことは経験上明らかで、この状態に持ち込めむために掛けられた「彼女」の労力、献身が、全てを決定付けていた。

また実際、何度か外の古井戸で水を汲んでは戻ってくる作業を繰り返しに対しても、実質的な後遺症が感じられるようなことはなく、治癒は万事滞りなく進められている、といっても過言ではない。


唯一、問題があるとすれば、

「・・・・・・ぅ」

自身の体重。ここに来て大分落ちたとはいえ、それでも裕に50キロを越える上半身を支えるには、この足ではまだ力不足であることだった。


水を汲みに行く。たったそれだけに約一時間。その疲労の回復に、追加で2時間を費やしてしまうのである。


それゆえ、一度だけ、水がなみなみと注がれた桶を間違って倒してしまった時分には、20近い男伊達らに、泣き崩れる寸前まで精神的に追いやられかけたものだ。


しかしそれでもまだ、

「体は、大丈夫そうだな・・・・・・」

水を飲むだけでいっぱいいっぱいの生活も早三日目を迎えた現在であるが、精神的な辛みはあるものの、思ったほど体の衰弱は進んでいないらしい。

立とうと思えば立てる。手を動かそうと思えば動かすことができる。
それはつまり健全者が健全者である最低条件は満たされていることと同義である。

人は水だけで一週間は生きられる。

その知識がどこまで現実的かを考察するのはおいておくにしても、このまま体力を温存することだけに注力すれば、たしかに数日は生き長らえることができそうだった。

ゆえに、智明は思う。


自分の死活問題はまだ先のことだ、と。


しかし、このまま体力を温存するということは、今現在動けるにも関わらず、このまま「動かない」という選択をすることに他ならない。

人である以上、なんにしても遠からず、健全者としての最低条件に支障が訪れる日が来ることを鑑みれば、すでに問題は、来るべき衰弱を先延ばしにすることに主眼を置くのか、それとも動けるうちに出来うる行動を起こすことに主眼の置くのか、そのことに、置き換わっていた。


「・・・・・・」

考えてみれば悩むまでもないことである。

行儀の悪さには目を瞑り、ズリズリと、体を這わせることで部屋の隅にまでなんとか移動し、そして智明はそこに置かれた籠の中身、――丁寧に繕われた己の服を手に取った。
縁起は悪いが、似合いの一張羅である。


これは纏う目的は一つ。
「彼女」が今どこにいるのか。それを探ること。


彼の視線先、薄い板切れを透り越え、己の意思では決して渡ることはなかったであろう、「門出」の橋が横たわっている。







――朝には顔を見せに戻ってくるから、それまでゆっくり休みなさい。


あの夜、焦り気味にそう残した彼女の言葉を智明は今でも覚えている。

もちろん言葉の中に含まれているのは単なる「口約」の延長線に過ぎないもので、それが破られたからといって何がしの強制力も働きはしないだろう。
それでも智明は、彼女の言った「今朝」が随分前に遠のいてしまった上でもまだ、彼女の言葉を戯言として片付けるつもりが毛頭なかった。


ただ頭の隅で思うことは思うのだ。

これが高校時代の級友の言葉だったらどうだろう、と。

――さっさと諦めてるだろうな。

断じて誓うが、高校時代に付き合いの深かった友人は皆、基本的には良識のある者達ばかりで、悪意で嘘を吐かれたことはもとより、からかいを受けることすらほとんどなかった。
いじめが横行し、自殺率が跳ね上がる暗沌の世にして思えば、これ以上ない恵まれた友人関係であった。

漫画でよくある、恋愛関係でギクシャクしたり、川原で殴りあいをしたりするような「濃い」イベントとこそ無縁だったが、同じ本を読んで感想を言い合ったり、帰りに道で買い食いをしたり、部活動に励んだり、何気ない日常を楽しく彩ってくれた。

しかし、彼等は友人であって、やっぱり「人間」で。人間である以上、どうしても口約を守れない時が出来てしまうことがある。

何時にどこどこで。
何時までに必ず。
絶対に行くから。

会話の中で繰り返される約定のセリフ。たしかにそれぞれにある程度の「重み」はあるのだろう。

しかし、それらを頑として信じる。という態度は、結果的に嘘を吐かざるを得なくなった人間に、更なる精神的な攻撃を加えることに似ていると智明は思っていた。

だからこそ。


二時間待たされたら、約束はなかったことに。
お詫びには購買で売っているパンか、自販機のジュース一本。もしくは奮発して近場のラーメン。


それで手打ち。

お互い後腐れなく関係を続けられる実にクリーンな決まりごとが智明達にはあった。

これで待つほうも、待たされるほうも、最低限の関係は保っていける訳だ。
無論見方を変えれば、それは深刻な友人関係からの「逃げ」なのかもしれないが。それは如何ともし難い評価である。


話を戻そう。


つまり現状、「顔を見せる」といったパルスィの言葉を信じつづけ、あまつさえ「捜索に乗り出す」などといった行動を起こすことは、ほかならぬ彼女自身への信頼に託(かこつ)け、精神面における攻撃とさえ直結する愚行であるといえるだろう。
無論それは智明の望むべくことではない。

しかし。彼女の今までの行動、言動、表情を思い出すにあたり、感情と論理をない交ぜにしたような、漠然とした危機感が呼び起こす焦燥感が、それに比べて日増しに大きくなっていくことを自覚してしまったのである。



智明は、夕べまで脳裏に反芻していた、その「焦燥感」を改めて整理するため、新しく取り出した洗いざらしの包帯を患部に巻き直しながら、思考の海へと没した。


――もしもパルスィさんが、顔を見せるという約束を破らなくちゃいけない状況に遭遇した場合はどういう反応を示すだろうか。

彼女の性格柄、「まぁ、いっか」と、問題を放置することはまず無いと見て問題ないだろう。己の言えた義理ではないが、パルスィほどいろいろと考え、二の手、三の手先を予想して行動している人もいまい。

常に己を見つめ、他者を見つめ、結果を予測して行動する。

それは人として理想的なあり方だ、と思う一方で、時にそのあまりにも「考えすぎな傾向」が、息苦しそうに見えるときもあるのだった。


――その前提で言うと、パルスィさんがそもそも二手、三手先にも、「読めなかった」不測の事態が起きていることになる、のか・・・・・・?


それは例えば、

隕石が頭上に落ちてくるような。
例えば交通事故の遇うような。
例えば偶然通り魔に襲われるような。

そんな極小さい、可能性の軍勢はいつでも我々の身近に潜んでいることを意味しているようにも思えた。



――待て、待て、妄想のしすぎだ・・・・・・。



つまるところ、智明の焦燥感は常に「この妄想」に到って止まる。


もちろん、実は智明の目は節穴で「まぁ、いっか」とあっさりパルスィに投げ捨てられてしまった可能性も、考えれば思い当たるはずのイベントを彼女自身ド忘れしていて、予測の二手、三手にそもそも含まれなかった出来事が起きた可能性もある。
突拍子も無い考えだが、こういう状況にあえて智明を追い込んでいるという可能性も微量存在する。

それは例えば、智明を餓死させようとしている、とか。

――まぁ、これは見当違いだな。

いい忘れたが、家の食料の大半を保存する貯蔵庫、そして氷室には簡易ながらも戸と錠が付けられているようだったが、こうして飲料水の確保が許されていることを思えば少し温い。
更に言えば、家の前ですら死体があることを嫌がっていたそぶり、何より今までの献身的な治療。それらの要素を複合して結論を導けば、智明を殺害しようという意図はないことは明白である。

そしてそれゆえにシンプルな動機は淘汰されていき、脳裏に上り詰めるのは突拍子のない憶測ばかりに埋められていく。

――それに。

智明は、尖ったガラスが無数散らばった床を歩くような面持ちで、そっと床のとある一点に視線を注いだ。
そこにあったのは、つい今しがた智明が読み終えた文字の羅列された紙束。――新聞だった。

『文々。新聞』(ブンブン。シンブン・・・・・・?)と銘打たれたそれは、タイプライターを用いて印字しているのか、記事のほとんどは平仮名で、「言」「行」「思」「述」などの良く使うものだけが漢字変換された見難いものだ。

なぜこんなものが家にあるのかといえば、昨日、玄関先に新聞が束になって落ちていたのを発見したからである。
本来ならば契約して、料金を払って初めて読むことのできるものだろうが、この文明に忘れ去られたような生活の中、初めてと言うべき馴染みの深い情報媒体に興味をそそられ、やや罪悪感を覚えながらも喜々として一部だけ抜き取らせてもらったのだ。

しかしそこに書かれた一面記事を見た瞬間、喜々が恐々にすげ変わった。


『ヒンパツするカイ死』


頻発する怪死。そう読み解ける文章が、デカデカと紙面を覆っていたのである。

もちろん、智明だって成人に近い男だ。
「怪死」、「通り魔」、「強盗」、「殺人」、「不倫」。それら物騒極まりない様々なキーワードを新聞社や雑誌が好んで使うことを知っているし、正直に言えば既に「飽きた」題材であるともいえる。今更それらの単語がどれほど大きく新聞を彩ろうとそれほど驚きはしない。

問題は、刊行された場所が幻想郷であり。殺されたのが人間ではない。
ということにある。

新聞の要点をまとめれば、こうなるだろうか。


――昨今、「ナガレ」と呼ばれる生活様式が確立していない新参の妖怪が複数名、自死に見せかけられて他殺されていた。また後日、「ヤマ(山、だろうか?)」に所属する妖怪が一名、刺傷と思しき傷を負わされ、現在重傷の身となっている。

まるで、現日本で見られるような記事のような、妙な具体性を有する記事であった。


警察という機構がそもそもこの世界に存在するのかはわからないが、この記事を見る限り犯人は未だ捕まってはいないらしかった。

推察するに、剣呑ながらも智明にとっては、日常よく目にする「殺人」という単語に、これほど規模の紙面を当てて騒いでいる所見ると、起こった事件が「この世界における」一大事であることも伺えるように思う。


ここまで言えば、既にわかっているとは思うが。
つまるところ。この記事が智明の行動を決定した動機の二つ目であった。


もちろん、先にも言ったように、これを鵜呑みにして考え無しに騒ぎ立てる気はさらさらない。


一見してか細い子女の姿とはいえ、言わずもがな。パルスィは妖怪であり、おまけに明晰である。
もしも偶然、この新聞の犯人と遭遇する事態となったとして、それでも返り討ちにしてしまう可能性のほうがはるかに高かいだろうなと、付き合いの短い智明でさえ思っているのだ。
希望込みで約99%。智明という「大怪我人」の助けが必要な状況に陥ることはないと言えるだろう。


それでも、あの夜の約束を違えた上での今回の失踪。その延長戦上にある今という現況。無関係だと顔を背けるには、やや勇気のいるものである。

それに、

――聞けばどんな荒唐無稽なことだろうと、現実に起きてしまえば全部終わりだしな。

隕石が落ちてくる確率とはさすがに言うまい。それを危惧して外出を危惧するような人間は、社会にはまず居られないからだ。
しかし事故に遭う確率は? 不治の病を煩う可能性は?
結局のところ、この世の確率論は、「起こる」か「起こらない」かの二択でしかないのかもしれない。

「アンタこんな場所で何やってんの?」。道端で偶然彼女を見つけ、こんなセリフで呆れてくれれば「吉」だ。最悪の場合は、見つからずとも安否の確認さえ出来れば構わない。それ以外の顛末は、まぁ、どうでもいいか。



万が一傷口が開いたときのため、ガーゼを通常より多くに挟み、きつく巻き終えた包帯がズレないことを確認。

その上に、グイっと、洗いざらしのジーンズを腰元に引っ張り挙げ、パルスィから譲り受けた部屋着兼用の着物を脱ぐ。そしてそれを畳んでからワイシャツを素肌に着込み、最後に上着を羽織れば完成だ。

「よし」

外の世界からやってきた「ただの男」が、外の世界からやってきた「変な格好の男」へ、偉大なる大変身であった。

この服を選んだのは、当然動き易いという理由もあるが、つまるところ今回智明が重要視したのは「注目を集める」、ということ。
この地底という世界がどこまでの広がりを持つのか、もちろん智明にはわからない。
しかし闇雲に歩き回ってパルスィと出会う確立に関しては、高くはないことは明白だろう。

なればこそ、自然と引き合う彼女との共通の認識。もしくはそれに順ずる強烈な情報を、自身を媒介し、電波として街中に飛ばすが効率的。
必要なのは智明と彼女を結びつける礎となる、とてもとても奇抜で珍妙な「広告塔」だ。

もちろん。それが仇となって、何らかのトラブルに巻き込まれてしまう可能性も十分ありえるのだろうが、

――どのみち今回が最後の足掻きだしなぁ・・・・・・。

今までの経験からいって、智明の足は無理に数キロも歩けば使い物にならなくなる。

よしんば帰り道に余力を割いたとしても、次回の遠征を目論めるほどの体力を回復できるとも思えない。奇跡でも起きない限りはこれが最初で最後の異世界「観光」。


 「行くか」

あらかじめ用意しておいた、入れ違いがないようにするための書置きをパルスィの鏡台に置いておく。
それから痛み止めとして用意された、純白の粉薬をオブラートから煽り、湯のみ一杯分、残された最後の水で喉に押し込んだ。

玄関口の横、逆さまに置かれた、安物の運動靴の靴紐を締め直し、立ち上がる。


今まではパルスィという保護者の元、揺り篭のような心地よさを与えてくれた小屋も、下手をすればこれで見納め。

実を言うとせめて最後に掃除ぐらいはしておきたかったのだが、そこに体力を使ってしまうと生存率がぐっと下がるので自粛する。

なんとなく南無~、と両手を合わせ、そしてやっぱりなんとなく、お辞儀までしてみる。


今までお世話になりました。


自分でも驚くくらいに軽く引き戸を開け放つと、途端、最近ようやく嗅ぎ慣れて来た何かを焼き焦がすような甘い臭いの風が強く鼻先を掠めた。
地獄に吹き荒む、凝った外気はどことなく、小さい頃、某と眺めたあの火葬場の空気を思わせた。

頭上。穴から漏れる光の色は、完全な白。
そしてタイムリミットは、これがオレンジ色に変わる時分。

――引き返すタイミングを誤らないようにしよう。

智明とてこんな地理も名前もよくわからない場所で蛆に齧られる趣味はない。たった一つだけ用意した指針を頼りに、無理だと別ればすぐにでも引き返す腹積もりであった。

「いってきます」


物騒極まりない未知への旅路。その一歩。
意外に軽く。そして予想以上に、痛かった、







正確に言うと、たどり着いた町は予想以上に文化的ではあった。


小屋を出てから数刻は経ったであろう現在。


パルスィが日々監視しているという、多重の橋を重ねあわせた形状をもった「門出橋」を渡り、その後1キロほど進んだ後、チラホラと垣間見える朽ち果てた廃屋を辿るようにして歩いた末たどり着いた、通称「旧都」。


距離の割りにはさして足の痛みを感じることもなく、その全容が今をもって智明の前に曝されている。


町の規模そのものは広大な敷地面積を感じさせるも通りの幅と数から推測されるが、実際に賑わっているのは、橋から通じる大路一本と、左右対称の小路二本が関の山、といったところだろうか。
どの建造物も木材を基調とした古めかしいものばかりだが、どこから電気を引いているのか、意外にも軒先にぶら下がった提灯の源には電灯が鎮座している。

商いの中心は、酒屋と甘味所。次点で食事所、といったところだろう。工芸品や土産ものを扱う店もあるにはあったが、訪れる大半の人間が地元民であるのか、その勢いは幾分下火に見えた。

相変わらず漂う、甘ったるい臭いの風と混ざって感じられるのは、硫黄に似た鼻を突く臭い。
それがあちこちに漂っていること、廃屋を適当に改装しているのか、古めかしい家屋を大雑把に表現して「半分に叩き割った」ような店舗が居並び、そこあら聞こえる控えめながらも活気のある喧騒が聞こえることもそう。

唯一、大路のはるか彼方。見える大使館のような門構えの巨大な建造物だけは除き、高校生の頃、修学旅行で出かけた「温泉街」のような暖かさがこの町に重なっているように智明には見えた。


言うまでも無いが、その「高校に通っていた頃」が今現在から幾年前のことを指しているのかは自分でもわからないが、この町のどこかに、智明の失った記憶の先、なつかしい臭いのする何かを刺激するものが眠っている予感があるのだ。


しかし、生じた心の温かみが長く続くことはなく、一度、感覚を尖らせてさえしまえば消えてしまう、儚いものでもあったのだ。

その原因は、



ジロリ、と。



行けど止まれど。己の背や側面に注がれる決して愉快とはいえない。その強烈な視線の束にあった。
光の色の区別こそつかないが、発せられる無言の圧力に、智明は知らず知らずの合間に、己の二の腕を擦っていた。


平平凡凡。虐げられず、虐げず。ぬくぬくと温室で育った身ながらも、これほどまでの質と量をもった目線で射抜かれ続ければ、精神に穴が空こうというもの。

注がれる視線そのものも、尊敬や憧憬は度外視しても「どれどれ」。そんな風に興味深げに眺める気さくなものでもあるわけもなく、まるでカマキリの中に放り込まれたバッタを見るような、奇異と居心地の悪さを与える意志ばかりを寄越してくる。

なんでお前みたいなのがここにいるんだ?

そんな無言の訴えかけに。


――こっちが聞きたいくらいだ。

と舌を出してやりたくもなる。

五体があり、頭髪があり、意志がある。
しかし何かが足りないのだろう。こちらを見る町民は、造詣として対して智明と変わるわけでもあるまいに。そこに人間強弱の関係がしっかり根付いた、背筋の寒くなる思想が、背後に揺らいでいる。

凄まじく帰りたい。

しかし帰る場所はここにはなく。また届きもしない。

「・・・・・・」

コツ、コツ。と。
歩行の介助のため、パルスィに内緒で分解した鋤(すき)の柄を地面について杖代わりとし、一歩一歩堅実に踏み込む。
人々(かどうかは預かり知らない)合間を縫い進むたびに磨耗する精神を、古めかしいながらも味のある町並み、そしてそこに移した興味で回復しつつ。智明は歩く。

唯一の救いは、智明という「奇異」なものに対し、彼等が人間と同じような行動をとってくれている、ということだろうか。

奇妙な奴は、傍観するに限る。関わるなど、言語道断。

実に人間らしい処世術だと思う。

居心地が悪い一方、気味悪そうに眺められるだけで本当によかった。
よそ者と見たら即「いただきます」。そうならないのは純粋にありがたい。齧って食べられるのか、丸呑みか。そんな選択をするまえに発狂する自信がある。


地底に住む妖怪たちは、頭上。地上に済む者達から追い出された忌むべき存在である。


パルスィは一言、そう己を含めた地底の住人をそう評したが、ほかならぬ「彼女自身の人間性」を鑑みればあながちそれを鵜呑みにしなくても良いかもしれない。
最低限の倫理。最低限の規範。それが遵守されている限り、見目はともかくとして、社会に生きる智明という人類と変わることなど無い。

まぁ、もちろん。そんな理屈で背中を伝うこの冷や汗が止まることもないのだが。

「・・・・・・ふぅ」

とはいえ、いつまでも視線に気を取られていては精神衛生の面で良くはない。

あくまで彼等の視線に気がつかないフリをしつつ、かつ脅威と思われないよう、なるべく人畜無害を装った恍け顔のまま、智明はあたりにさっと視線を這わせた。



――なるほど。確かにここは「妖怪」の町だ。



前にパルスィが、旧都が妖怪の都であることは、一目見ればわかる。という趣旨の話をしていたが。これを見れば納得の光景ではあった。


我が物顔で四辻を歩く奇怪な生物の集団。
某映画同様、ブリッジの姿勢で全速失踪する老婆。


・・・・・・のような、わかりやすい光景こそなかったが。(当り前だ)
あちらこちらに見える道を歩く人影の大半は、その造詣の一部が人間らしからぬ装いをしていることを白日のもとに曝していた。


一例を挙げるならば。

今現在、珍しいことに智明に敵意を向けずに通りすぎていった女性と思しき二人組みは、どちらも老いから来るものとは別種の見たことも無いほど艶やかな白と銀の髪を揺らして談笑していた。

また、ふと気になって頭上を見上げてみた時には、ナスに似た紫色の傘にしがみ付いた少女が路地の活気に当てられたようにフラフラと中空を滑空しているのを、目撃してしまっている。

「・・・・・・」

ついでに言えば、見たくもない。数こそ多くは無いが、地底の闇を削る提灯の灯りが揺れる最中、人魂と思しき火の玉が浮遊していたりもしているのだから決定的だろう。


――「出ればわかる」ってパルスィさんは言ってたけど。まさにそのとおりだたなぁ・・・・・・。一応皆人間らしい体なんだけど、・・・・・・やっぱり奇抜な外見が多いな。


虎柄のパンツを履いた鬼、包丁を研いでいる老婆、水辺で頭頂の皿を潤す爬虫類人間のような、外界に溢れる典型的な妖怪姿が見られないため、頑張れば思い込みで仮装した人間の集団、にも見えないことも、・・・・・・・無い。


かも、しれない。

「かも」で30%。「しれない」で-20%。
思い込みで頑張ろうとしたが、結果的に信憑率10%未満に落ち着いた。


――やっぱり違和感はある、かな。


一言で言うならば、その違和感の正体は見目ではなく、「思想」にあると言うべきだろうか。
それとも具体的に「存在の土台」と穿つべきか。


道の端、威勢の良い声で客を呼ぶ甘味所に酒屋。
黄ばんだ紙面を覗かせ、大量の本を並べるだけ並べた本屋も。
数件先、古めかしい調度を前面に展開した骨董店も。

それらは全て外の世界でも見られるもので。体系も外観もよく似ている。しかしその根本部分に違和感があった。

――営業時間が各店随分マチマチだな。それに同じ商品でも値段設定がかなり違う。

こと日本でいうならば、基本的に店は9時から営業、10時で閉店が社会の枠組みに沿った営業を心がけているところがほとんどである(24時間営業が増えてきたのもこの枠組みの考え方なのかもしれない)。また独占禁止法を遵守するため、ある程度物価と販売価格には、他店との共通性があったりもする。
そんな馴染み深い世俗要素が、ここには全く無いのだ。

それは恐らく、

――営業時間も、販売価格も、全部個人個人の都合と思惑で取り決めているわけか。

昼間に酒を飲む。

現代社会では「悪し」と定められた定型文もなんのその、通りの向こうに見える居酒屋の内部は阿鼻叫喚。泥酔したと思われる女性が、片手に持った洗い桶に、真剣に語りかけている。
ついで真横、適当に目を逸らせば、日中、稼ぎどきだというのに、準備中の張り紙が出された定食屋までもが見える。

『風が吹いたら遅刻して、雨が降ったらお休みだ。』

気ままという標語にあたる、童謡の一節。そこに記された「法則」さえ彼等は嫌っているのかもしれないな、と。そう智明は思った。

思い出されるのはパルスィの言葉だ。


 「妖怪は何によって生きているのか。答えは単純。――その「存在理由」よ」


つまりこの光景を形作っている基本律は、食物や睡眠を主点として捉えるのではなく、「己の存在意義」のみに比重の置かれた、彼等のための、彼等だけの法則。

自由気まま。妖怪という種族に相応しい生活様式の片鱗がこの町の全容なのかもしれない。

己のために稼ぎ。己のために食し。己が己であることを偽らず。
そして恐らくは、――そういった主張果てに、命を奪い合うのだろう。

我を貫き。魂において嘘、一片も居らず。

そのプロパガンダが美しいものなのか。果してうらやむべきものなのか。智明に区別する術はない。

想像できるのは、例えば美術の授業中、いきなりリコーダーで演奏を始める人間は、少なくともまともではない。ということだろうか。

そんな馬鹿げた例え話が、いつか読んだ本に影響されて浮かび上がり。「個性的」な生き方というものは、自分には無理だ、という結論が生まれ、消えた。


しかし、そんな違和感を孕んだ「旧都」にして、なお智明の目にも懐かしく映るのは。

――もしかしたら地上か、あるいは「外」かにある、人の町を模倣しているから、なのかな。

独自の考えに基づき、築かれたにしては、どこか恣意を感じる町並みであることが、そう思わせる主な原因である。

そしてもし、その想像が当っているのだとすれば。ここで生活するに当って彼等は、人型であることに最低限の嗜みと矜持を持ち合わせ、妖怪でありながらも人の姿に固執していると見ることもできそうである。

足の疲労がそろそろ苦痛と呼べる段階にまで上り詰めてきたことを感じながら、しかし勤めてそちらに意識を割かないよう。智明は杖を突き。大路をゆらゆらと踏みしめていく。


背中から伝う冷や汗を拭いながら、智明は暇つぶしをするぐらいの気持ちで当て推量を展開した。

議題は、どうして妖怪たちは人型に体に固執しているのか。

取っ掛かりとなるのは、人とは根本的な思想を持つ妖怪の作った、人間の臭いのする町、つまりこの場所に集約されているように感じられた。


――もしも、パルスィさんが「変性種」って呼んでいた、元人間の妖怪たちによってここが運営されているだとしたら、どうだろう。


彼らがもしも、変容前。人間であった頃の娯楽や食物から脱却することはできず、人の生活をまるまる忠実に模した町を作り出そうとし、結果としてこの町の商いに従事しているのだとすれば。重要なのは、それを100%享受できる環境作りへの着手である。

となれば娯楽やサビースを提供されるまま、最大限の振幅を以って楽しむには、人の「ナリ」と等身大の「感覚」がやはり最低限の条件として突きつけられるのかもしれない。

なるべく長く人生を楽しみたいなら、子供に戻ってしまえばいい。

いつか誰かが、冗談でそんなことを言っていたが、その理論が現実にまかり通ってしまった世界が「此処」だということにもなるのだろうか。

また、

――人型の妖怪がもともと此処に多いんじゃなくて、娯楽を楽しむためだけに人型の妖怪が集まってきたのかもな。


曖昧な定義から生まれた曖昧な結論ではあるが。そうだとすれば万が一の時、相手のよっては交渉の余地くらいは用意されるのかもしれないと、智明は内心で算段を立てる。

「環境が人を形作る」、とまで明言してしまうと嘘臭いが、人に近づく努力を惜しまない彼等に、人間らしい倫理や正義感。まるっと含めた人の善性というものが育まれている可能性は十分にある。

――全裸で土下座すれば命くらいは勘弁してくれないかなぁ・・・・・・。

ただその一方で、不味いと想う事もあった。

人間の町を模す、妖怪が統べる町。彼らが、なぜそんな「既に存在するもの」を地下などという不便な場所に改めて用意する事態に陥ったのか、その理由。
見目には活気ある町並み。活気ある町民。しかしその土台に埋まる動機の源泉は、如何ばかりかほの暗いものが匂うように、智明は感じていた。

――人の作った町で、もしも彼らが何の問題も無く気ままに暮らせていたら、こんな場所に町を作る必要なんかない。

結論を言えば、この一文に集約される。

ここには人々に迫害されても尚、人の生活を捨てきれなかった妖怪たちが、集っている可能性が高いことになる。
なればこそ。今にして、勝手に一人で出歩くな、と釘をパルスィさんの言がどれほど正しいことかがわかるというのも皮肉なものだ。
そしてそれと同時。ますます彼女が、智明を放置して失踪する理由が薄まっていく。

ふん。と一息。
歩く力に、更に意志を混め、徐々に痛みの鼓動を更に激しくする足に精神で鞭を打った。
門出橋から体感距離で、凡そ3キロくらいは歩いてきたように思うが、実際のところはよくわからない。かつての生活圏での基準ならば、電信柱や土地感でおおまかな距離は把握できたが、今は出来そうに無い。
こうした風情のある町並みも、こう木造の廃屋ばかりが建ち並んでいると、常に同じ場所を歩いているような錯覚がしてしまうのも、その一環だろうか。単純に割いている意識の割合が低いだけなのかもしれないが。

とはいえ、やる気だけは少しだけ増した。

気力が漲る、なんて青臭い動機には冷や汗もでるが。出発時には取り返しのつかない上に当ても無い遊行、と鼻で笑いたくもなった今の行動が、あながち的外れではないと思い直せたことが、やはり大きい。

しかしいつまでも気力で踏ん張れるほど、外傷というものは言わずもがな、甘くない。
骨折が気力で直れば、大会前に涙を飲む若者もスポーツ選手もおらず。リハビリで苦悶する患者もいない。限界が来る距離。そして体力と時間の比率には十全に注意しなければならない。

一キロ歩くのに30分。それから徐々に10分ずつ遅延が発生するとして、三キロで時間。
昼真っ只中であっても、地下という環境では、街頭代わりにぶら下がった提灯の灯りだけが頼りである。
かすかに遠く、大路の果て。大きな洋館の外壁に大きな時計が埋まっているように見えるが、短針と長針の位置は、ここからはっきりわからない。

――にしても、夏祭りみたいだな。

提灯、というものが、この世界における汎用性のある照明器具であることは理解できるが、毎日、毎時、夜半同様の闇に包まれている旧都では、常にこの「夏祭り状態」が続いていることになる。

さきほどまでの喧騒を思えば、町民もそれに順応している節があるし、人間のように疲労で憔悴したり、ストレスを溜め込んで胃が開くとも思えない体の構造からか(ちょっと失礼だな・・・・・・)年中に及ぶ喧騒への疲れを感じたりすることなさそうで。
それゆえ、このドンチャン騒ぎに耐性のない、はたまた人間の己にとっては、あまり馴染める環境ではなそうだった。

パルスィ曰く、あの「うるさい町」。

――確かに静かに本を読めるような環境じゃないかも。

とはいえ、そんな理由で独自に家を建て、畑を作り、生活様式を確立させてしまうのは、さすがの行動力だといえた。
これがもしも智明の問題だったなら、即座、手ごろな値段の耳栓を買いに走るので手一杯だっただろう。

少し気になるのは、彼女があの家を建てたのは「パルスィ曰く」最近、との言である。
正式な年齢を尋ねるつもりはないが、少なくとも外見年齢で最低十数年の間は旧都に住んでいたことになる。とすれば、あそこまで町を嫌っていたパルスィは何のきっかけを以って、あの生活へと移行していったのだろうか。
考えられるのは、知人との関係の縺(もつ)れ。 男女関係の拗(こじ)れ。

――どれもしっくりこないな・・・・・・。

そう思った瞬間だった。

「え・・・・・・!?」

 ぱっ、と。
大路を暗闇が覆ったのである。

 慌てて周りに目を凝らすが、すっかり灯りなれてしまった目では状況を把握できなかった。理解できたのは、今までうっとうしいほどに輝いていた提灯の灯りが全て消えてしまったという事実だけ。

 ざわ。と町の雰囲気までも変わったところを見ると驚いているのは智明だけではないようだった。

 「停電?」

 外界では当り前に存在する現象だが、まさかこの世界で味わうハメになるとは思わなかった。
あまりにも自然で気付かなかったが、そういばこの町の電力はどこから回されたものなのだろうか。

――地下水脈を使った水力。地下という特性から地熱あたりか。

パルスィとの生活で漠然とこの世界の環境水準を知ったつもりでいたが、旧都は智明の思惑以上に発展しているようであった。
電気が来ると、一言でいっても。その発端として発電所、変電所という、一介の学生であっても専門的な知識を要求される高度な施設が存在するということになるからだ。

「っと」

足場の確保もままならぬ状況まま、遠くに浮かぶ、かすかな光を放つ人魂と思しき眺めてぼんやりと突っ立っていたのがまずかったのだろう。

何かに蹴躓く硬質の音が響いた、と思った瞬間。手の中から鋤の柄がはじき飛ばされたのだ。

「あ、ごめん!」

その声は、女性だっただろうか。

恐らくは杖代わりに突いていた柄に、急いでいた誰かがうっかり躓いてしまったらしい。「いえ」と否定の声を智明がかける間もなく、女性と思しき誰かは、そのままトタトタと大路を走っていってしまった。

しばらくして、「うわあ!」だとか「痛い!」という声が道の先々で巻き起こるのも、彼女のせいだろう。

この停電に思うところがあったのか。はたまた大きなトラブルが起きたのだろうか。
彼女はえらく急いでいるらしい。

――発電所の関係者なのかな。

ぼんやりと、浮かぶ人魂と思しき火の玉。その微量発せられる光を頼りに、飛ばされた柄を探そうと、なんの疑いも無く智明は膝を曲げ、

「痛っ」

後悔した。

――馬鹿か俺は・・・・・・!

ブツ。という嫌な音が体内で響いたと思った瞬間だ。
膝を曲げた折に皮膚引っ張られたことか、はたまた筋肉が強く収縮したから、あるいはその全てのせいか、患部に猛烈な熱さと痛みが走りに抜けた。

完全なる失態である。
停電の影響で注意力が散漫になっていた、といえば言い訳ぐらにはなるのだろうが、ただ杖を突いてピョコピョコ歩くだけならいざ知らず。痛みを忘れて傷口を広げるとは、あんまりにも馬鹿がすぎる

しかし、後悔で傷がふさがるわけも無い。

何かがヌラ、と足元を伝う嫌な感覚。

――まずいな。

間違いなく傷口が悪化し、出血を催していた。それも、内側と外側の両方。
数多重ねたガーゼから零れるほどの、だ。

最終的な結末として、目的地にさえ付ければ出血の一つや二つ、あるものだと考えていたが、己の行動でそれを早めてしまうことは、まったくもって想定外のことであった。
このままでは、目的地へと向かうどころか、小屋に帰るどころか、再び歩きだすことさえ難しい。

焦って回りを見渡すが、暗闇に凝る視界のどこにも、鋤の柄が見つからない。遠くに行ってしまったのか、はたまた動転していて見つからないだけか。

冷や汗が頬を伝った。

――とにかく、ここから離れよう。

予備として袂にしまいこんだ包帯とガーゼでとりあえずの応急処置を施すにしても、こう人が多くては集中することもできまい。

何にしてもこの惨状を、どんな「嗜好」のどこの「何か」に見られるか、わかったものではないのだ。記憶を引き起こし、今しがた通り過ぎたばかりのわき道を確認し、そのまま身を滑り込まそうとして。

ぱっ、と。
消えた時同様。唐突に、煌々とした灯りが道に戻った。
揺れる提灯。多くの人々。皆変わりなくそこに在り。

しかし、戻らないものがある。

「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」

喧騒だ。

最初だれもが、瞬いた光に安堵の表情を浮かべ。そして次の瞬間には智明の現状に目ざとく気付いたのだろう。

驚愕か。はたまた戸惑いか。まかりまちがって、「歓喜」だろうか。

言葉を発することを忘れたように、彼等は冷えた視線で智明、――正確にはその足元を濡らす真紅の液体を、じいっと見つめていた。

遠くに聞こえる。「この場以外」、日常に立ち返ったものたちの音が聞こえてきても、智明を囲む彼等はいっこうに動かない。小声で会話するような声が聞こえ。何かを伺うように、ただ視線を他者に向けるだけだ。


かくしてそんな状況に置かれた男が一人。


「・・・・・・」

これまた無言。
しかし内情は、とても表現しきれないほどに混乱していた。

砂嵐のように感じられる錯綜の最中、舞う単語は「なんで」「どうしよう」「もしかしたら」。という単品で意味のないものばかり。
嫌な想像を生み出して、踏み潰し、踏み潰した先から、食虫植物のように足に絡みつくそれを更にちぎり、・・・・・・・。


無言の相対が、十数秒に到る。
不思議とどちらも、決定打に掛けたように不動。そのため、バチバチと視線で睨み殺そうとしているように傍からは見えるのだが、果してその想像がどこまで正しいのだろうか。

無限にも思える、奇妙な沈黙。
しかし人為を越えた妖怪の町であっても、時間は平等に流れていく。


静寂が破られた。


その音が聞こえたのはちょうど智明の真後ろだったように思う。

硬質の岩を強引に馴らした、人工的な大路をコツコツと。誰が闊歩する、足音が。

一考、この珍妙な光景が目に入らず、やってきてしまった部外の者かとも思ったが、こんな状況で何を楽しむというのか、すかさず脳内での否定が入った。

だからといって何ができるわけも無い。この「誰か」の登場を皮切りに行動を起こす勇気もなく、同時に、その誰かに振り返ることすら出来ず仕舞い。

自分に対して。かねがね小心者だという自負は前々からあったのだが、土壇場でのそれは想像のはるか上を行ってしまうらしい。
女々しいといわれても、今度からは反論しないようにしよう。


――ど、どうする・・・・・・?

「なぁ君」

掛けられた声は、ぶっきらぼうながらも味のある女性の声だった。
同時に足音が止まったところを思うと、今しがた背後に寄ってきた人物であることは疑いない。

しかしなぜ、向けられた声の先に智明がいるのか、それだけはわからなかった。

「・・・・・・な、んでしょうか」



「もしかして「イズミ」君じゃないかい?」



ポン。と肩を叩かれた拍子。
叫び声と共に、うっかり出てはいけないものが出てきそうになった。









大変ながらくお待たせいたしました。ブログの更新にまで差し支える形になってしまったため、今回は第二章(前編)と表しながらも、「仮」の体裁と、区切りになってしまいましたことをお詫び申し上げます。


文章的には、A4用紙で15,6枚程度分は書いたものがストックしてあるのですが、出来に納得がいかないこと。区切りのポイントまでかなり間があることから今回の出来そこない記事と相成りました。


内容的に、ほとんど動きがないこともしかり。

私の「旧都」に関してのイメージや、後への伏線がいくつか配置されただけで、キャラクターがほとんど登場しないという致命的な状況ですので、後日しっかりと補完をした上で、再度記事にさせていただきます。


恐ろしいのは、今回の区切りの次点で、用意するべき「第二章(前編)」の半分程度の情報量しかないということでしょうか。


もちろん補完した作品には、きっちり「さとり様」まで出させていただきます。


また補完の折に、いつもの「作品解説」をさせていただきますので、今回のあとがきはここまでとさせていただきます。



読了お疲れ様でした。




※補完は早ければ6月の2日、3日。下手をしても中旬までにはアップします。
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○2011/06/01○
ただ歩いてただけじゃね?って感想になってしまうので補完まってますね。

時間は気にせず好きにやったらいい。気長に待つさ。
[ 編集 ]
○2011/06/02○
返信送れて申し訳ない。


> ただ歩いてただけじゃね?って感想になってしまうので補完まってますね。


もう本当にね、その通り。
プロットで言うと、これから出会う人物との会話と、そこから取得する様々な情報がメインになってきますので、補完を急ぎたいと思います。

問題なのは、こんなつまらない行き道だけにA4ページで25枚分に相当してしまうということでしょうか。まとまりのない文章、軽快さに欠ける物語運び。勉強することはまだまだたっぷりありそうですね。


> 時間は気にせず好きにやったらいい。気長に待つさ。

なるべく睡眠時間を削って、体調不良になるような取り組み方はしないようにしていますが、ある程度は自己で期限を設けないとダレてしまう人種なんで、現状のカツカツしたスケジュールが、怠け防止に役立つのかもしれませんなぁ。(なら期限守れよ・・・・・・)

なので、戒めの意味を込めた上で、「なるべく早いうちに補完は出させてもらいます」と言っておくことにします。次も是非読んで頂戴!


[ 編集 ]
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