さようなら、『ヨミジ』電撃文庫さん刊行、三上延著『モーフィアスの教室』の雑感を今回は書いていきます。
Espliaのあらすじ
主人公、岸杜直人(きしもりなおと)は、事故で父親を亡くしてから毎夜見る「自身がかみ殺される」悪夢に悩まされていた。
ただ唯一、幼馴染である毒舌魔神、久世綾乃(くぜあやの)の傍で眠りに落ちると悪夢が緩和される、という解明不能の法則を感じ取っていた直人は、定期的にサボりにくる綾乃のいる保健室に日々通っていた。
そんなある日、いつもと違う悪夢を、綾乃がいるにも関わらず見てしまった直人。その内容は、教室内に進入した「なめくじのような何か」が同級生を食い殺すというものだった。
そしてそれは、「現実の食われた側」も目を覚まさなくなるという奇怪な事件の始まりだった。
直人が恒常的に悩ませられる、何者かに噛み殺される夢にしても、なめくじのバケモノ『ヨミジ』が出てくる夢にしても、読んでいてリアルな、悪夢という恐怖をうまく表現できていているように思いました。
教師と思われる教壇の前の黒いナニカが意味不明な言葉をしゃべっていたり、広げたノートに書いた自筆がめちゃめちゃだったり、教科書の文字が全て「■」だったなど、
悪夢にありがちな「意味不明な恐怖」に加え、どこか生ぬるい、ぬめぬめとした空気の中、上手く体を動かすことが出来ず、同級生が食い殺される様をまざまざと見せ付けられる側の心境をうまく読み手に伝えられていて、なかなか凄いな、と感じました。ただ、そういった恐怖の描写が上手い一方で、
登場するキャラクターの心情はうまく表現できていない感がありました。特に直人と綾乃の幼馴染という二人の関係を、――恐らくは最後の伏線を読ませないように――、あまり語らずに物語が進んでしまうため、直人がどうしてそこまで綾乃に対して信頼を置いているのかが伝わりにくかったように思いました。
幼少期の回想も、基本的には伏線としての謎だけがピックアップされただけで、
どういう風に仲良くなったのか、またどう遊んだのか、というような日常関連の描写がなく、どこか冷然とした印象すら受けました。これはキャラクターの内面を淡白にしています。
友人なのかも明言されない「永田(ながた)」「山中(やまなか)」という二人の男子生徒との交流も序盤の1シーンのみ。その後の学校関連は、全て綾乃や「倉野棗(くらのなつめ)」という女の子絡みばかりという、「直人の日常」からは逸脱したもので、ほぼ終始して彼の「非日常」のみしか描かれていないのも、物語の緩急付けを失敗しているように受け取ってしまいます。
また、物語に散りばめられた伏線を徐々に回収する物語の構成は丁寧な印象を受けましたが、「丁寧なだけ」納得も得られないであろう中身の「突拍子のなさ」も残念なポイントでした。
幼少期の回想にしても、直人が見る悪夢にしても、水穂が冒頭で味わった恐怖にしても、結局は最終的に明らかになる<王国>なるキーワードに繋がるわけですが、この<王国>という概念(場所?)に対する説明が、綾乃の言う「とりあえず」の説明しか用意されていないのです。
どうにかして読者が脳内補完をしようにも、そのあまりに突拍子も無い設定と構想のため、「あの謎はこういうことだったのか!」と感心するであろうポイントがどこか微妙に気に食わないですし、
妙に醒めた感想しか浮かばなかったのが実に痛いところでした。文章そのものは、ミステリを匂わず犯人探しの様相を呈しているのに対し、後半の犯人明かしから解決までの方法がやけに非現実的で、直人がいきなり「・・・・・・<王国>」などと言い始めた時は、もう読むのを止めようかとも考えました。
非現実的な解決方法が悪い、というわけではないのですが、この作品の問題は、
読者に何の説明も解説も無いまま、登場人物だけが勝手に納得して勝手に話を進めてしまう疎外感を強く匂わせていることにあります。せめて、「この悪夢を終わらせるためには○○という力が必要で~」という事前の説明と、その能力の特異さというものを際立たせた上で、主人公が窮地で覚醒、という流れにしたほうがベタではあっても読みやすさと感情移入のしやすさはあったように思えてなりません。
恋愛や友情というライトノベルの根幹とも言える表現も極めて淡白で、その中心いる棗の発した、「直人や綾乃となんとなく友達になりたかった(概要)」という台詞も、読んでいるだけでは真意が見えず、いまいち方向性がわからず仕舞い。
綾乃とは親友の間柄、という表現がそこかしこに見られても、二人の内面が重要な部分で隠されているうえ、普段の生活というものを省いて進む物語の構成上、仲の良い二人のイメージとは掛け離れた印象しか浮かばないのが正直な感想でした。
【総評】
あとがきでも述べられているように、この作品は筆者の悪夢に対する見解を元にして生まれた作品だけあって、悪夢という
「恐怖」を表現することに凄まじい情熱を感じました。また登場する夢神という存在のもの悲しさや、悪夢の最初に生んだ人の葛藤も丁寧に書かれていた点は評価出来るでしょう。
一方で、登場人物の内面の掘り込みが浅く、読んでいて共感や感動を覚えられない淡白な印象が強いです。友情、恋愛という要素もどこか取ってつけた感覚が強く、ヒロインの幼馴染という方向性もあやふやで、キャラクターを上手く生かしきれていない点も残念でした。
また、物語の根幹たる<王国>という概念が唐突且つ、突拍子も無く出現したことによって、作風をどこかチープに貶めているような錯覚さえしてしまい、
全体的に説明不足という感が否めません。もう少し、夢というものに対する嫌悪を綴った文章を控え、事前の説明と、直人達が取り戻そうとする「愛すべき日常」というものを前半で取り上げれば良い作品になったのではないでしょうか。
読了お疲れ様でした。
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