espliaのちょっとだけ時代遅れ。

生むは雑感、生きるは過去、ちょっと遅れた感想中心ブログ。

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戦う司書と恋する爆弾、雑感

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いや、戦う。
シロンが見たのは、きっと逃げる俺じゃない。





スーパーダッシュ文庫さん刊行、山形石雄著『戦う司書と恋する爆弾』についての雑感を今回は綴っていきます。

Espliaのあらすじ

「ハミュッツ=メセタを殺せ」
ある組織から洗脳受け、胸に爆弾を埋め込まれた少年「コリオ=トニス」は、仲間と共に、生涯達成すべき目標を求め、一個人の歴史そのものを記すとされる「本」の採掘を資本とする鉱山都市に辿り付く。

押し売りの男から強引に「本」を押し付けられたコリオは、その所有者たる「猫色の姫様」に惚れこみ、徐々に恋慕の念を強めていってしまう。


読み終えた感想は「大賞作品と呼ぶに相応しいアイディアに満ちた作品だった」といった所でしょうか。


一個人の人生そのものを「本」と呼称し、本を読むという行為が視覚的だけではなく共感(共鳴)に似た現象に置き換えることでファンタジー色を出し、その上で自立する剣や、超長距離狙撃用の「投石器」などの武器を登場させ、きな臭さを感じさせながらも、それなりに理にかなった戦法を用いての戦闘描写を描く。


一つの物語にこれほどまでに詰め込むのか、と思えるほどに詰め込まれたこれらの要素は、それ単体では斬新とは呼びがたいものの、確固たる結末のために用意された道筋としての出来栄えは見事なものでありました


中でも、「本」を用いてコリオとシロンの狭間に隔たる、過去と未来という壁をうまく突破し、相思相愛の論理にうまく繋げていった構想には、はからずも戦慄を覚えるほどの緻密さが印象深いものでした。


何より、各メディアへの派生が強く念頭におかれるライトノベルという土台からすれば、必然、オチが弱くなってしまう印象が強くなってしまいますが、今作において、それを大胆に破壊し、そうしながらも決して後味を悪くしない配慮が行き届いた終焉を描いた、という意義は今後の作品に大きな影響を与えたのではないでしょうか。



全体的に主人公である「コリオ」の内面描写が少なく、また視点移動も頻繁に行われていたため、読者との共感性という点でこそやや不満を禁じ得ませんでしたが、今作の過激な結末には、むしろあっさりとした人物描写が引き立っているとも取れるかもしれません。


とはいえ淡白に突き詰められた純愛は、やはり惚れた腫れたの恋の描写としては読み手の思考に頼る部分が多く、どこか味気ない印象を拭いきれないようにも思われます。


また全体的に悲壮感を出す演出としての「死」の描写が多くみられることや、洗脳されたが故、凡人とは一線を画すコリオの思考回路には辟易する場面も多くあり、文中に漂う「もどかしさ」「ままならなさ」までもを許容し、楽しめる人でないと読んでいて不快感を覚えることもそれなりにあるのが、欠点といえば欠点だと言えるでしょう。




それに伴い、女性の描写においても作風に漂うファンタジックな一面が生りを潜めてしまい、全体的にどこか垢抜けた――、言い換えれば実に「サバサバ」とした人物像が主要となっていて(例えば「売春婦」であったり)それを一言に「特色」といえば、実にらしい淡白さだと言えるでしょうが、所謂「キャラ萌え」なるものを本作に求めてしまうと痛い目を見ることは間違いないでしょう


労働や貧困に喘ぐ世界観にそった、極めて退廃的な路線で描かれる人物像
そして、そこに漂うファンタジックな装飾具、用語、世界観が交じり合う異質な雰囲気で、不可思議にかみ合わない作風をどう捉えるかによって評価が変わってくる作品のだと考えられます。




唯一、個人的に気に入らなかった場面は、本を託されたコリオが、結局第三者の思惑の外に出ておらず、その行動が予定調和として片付けられてしまっている点で。奇跡や偶然を極力控える作風を最後まで貫きとおす筆者の徹底ぶりにこそ頭は下がりますが、そこは皮肉をこめた上、あえての「奇跡」と持ってくることで、もう少しだけ救われる物語したほうが私の好みではありました


もちろん、先述した事象は次巻以降への伏線だとも十分思われるため、この点に関して強く否定はいたしませんが、淡白さも極まれば冷淡に変わってしまうことへの危惧、とでも見なしていただければ幸いです。



結末が非常に印象的な作品な作品でしたね。やや受け幅は狭いように思われますが、一応オススメの作品です。



気になった方は是非一度読んで見てください。




読了お疲れ様でした。




※今回から数回分のみ試験的に【総評】を消させていただきます。
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東方SS 『東方守命魂』 第一章 「一滴の水」前編

前回のプロローグに続き、この度は第一章(前編)を掲載させていただきました。

前回同様「東方project」について全く知識の無い方はもちろん、出来の悪い小説に嫌悪感を覚える方。単純に長文を読みたくない方も、続きをクリックしない方がよろしいかと存じます。



そこまで注意を受けて、なお読もうとするツワモノの貴方は、↓をクリックして続きを出してください。


ちなみに以前の内容を忘れてしまったかたはこちら

『東方守命魂』プロローグ

からどうぞ。




※する人がいないことは十分わかっておりますが、無断での転載、及びコピー&ペーストはご自重ください。


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カッティング~case of mio~、雑感






けど――、お前らがミオを苦しめたのも事実なんだ。
僕はただ、それに怒ってるだけだ。





HJ文庫さん刊行、はね田大介著『カッティング~case of mio~』についての雑感を今回は綴っていきます。

Espliaのあらすじ

己の内面と自らが浮かべる様々な表情の乖離に悩む少年「相坂カズヤ」は、他者から距離を置き、凛とした佇まい持つ美しい少女「西周ミオ」に惹かれ、交際を申し込む。

「貴方は “傷ついたアクセサリー”が好みなのかしら?」

そう自らを評した彼女の手首には、痛ましい自傷の痕があった。


読了後の感想は、「題材は解かり易いが、掘り下げの甘さが目立った」といったところでしょうか。


本作において誉めるべきは、主人公である「相坂カズヤ」が内面と表層に二面性を持つ、という、一転してみれば反抗期特有の気難しさの発露とも取れる状況でありながらも、その責任を親族に押し付けることなく、自身に全ての責任があることを把握している点が挙げられます。


虐待を受けた子供は凶暴になる。という世間一般に流布する規則性に意を唱えるような無体はいたしませんが、やはり人間の異常性を他者に求める法則は「ありがち」ですからね、意外性という意味で見れば、これはこの作品の評価すべき特色だと言えるでしょう。


(まぁ、私としては安着だとしても、他者にその責任を押し付けたほうが読み手の共感性も得られやすいですし、書き手にしても簡単に論理性を持たせられるので、むしろ後者の方が好みだったりしますが、関係性が薄そうなのでこの話はいったんここで割愛とします。)


また上記の結果、カズヤの身内話には影がなく、むしろ本編においては唯一のギャグ要素としての役割を忠実に果たしており、家事万能の父親、家事壊滅の母親、ブラコン気味の妹と織り成す軽妙な掛け合いには、読んでいて何度も頬を緩ませられました。


加え、一見とっつきにくそうな「ミオ」との初デートで見せる初々しい仕草なども秀逸で、映画を楽しむよりも、相手に気遣うことに必死になっている二人の様子には非常にニヤニヤさせていただきました。高校生という花の盛り、日常を謳歌する主人公二人の描写を、一冊を通して丁寧に書いていることには好感が持てますね




しかしその一方で、リストカットをすることにより自己同一性を確立しようとする少女と、己に乖離した二面性を感じることで常に冷静でしかいられない少年の恋。という突拍子も無いストーリーの土壌は、恋愛を語るにおいて、この上ない痛手であるように感じられてしまったのが現状です。


少女がなぜ己の手首を切り、自傷に及ぶのか。
その説明を心理学と作者の解釈の混じった説明を用いて結んでこそいますが、やはりどうしても漠然とした、観念的な概要が主成分であることを免れられず、はっきり言えば「いまいち納得できない」。実感のない理屈を脱しきれていないように感じました


何より、綴られる説明そのものがどこか書物で聞きかじった知識を披露しただけの「説明口調」の体裁の枠を越えておらず、読み手と書き手との相互理解に必要不可欠な感情面において十分に納得のいかない場面が多く見られました。


更に言い募れば、


  私という存在が、どうしようもなく断絶している。(本書籍P47、12項参照)


といったような詩的な表現が更に混じってしまう部分もあり、一層わかり難さに拍車をかけてしまっている印象も強くありました。




また説明口調といえば、本編での「転」に当るES細胞から臓器を製造する組織、というSFめいた設定が出現することにも起因し、我々の見識に新しい、再生医療について触れられていることにも言及ができるでしょう。


クローン技術との関連性から生物倫理を引き合いに出し、再生医療を負の方向性から解体していく発想は理解を得やすいメリットがあり、安定感があるようにも思えました。
が、結局のところ、本編を通してそれ以上に深い掘り下げ及び解釈は見られず、首尾、一貫して「やや安着な発想」以上でも以下でもない、という感想に落ち着いてしまったように思えました。


普通の学園生活を送っていた二人に襲い掛かる説明不足気味のSF要素、というのも唐突といえば唐突で、そこに繋がっていく伏線を前半に飛散させる処置を怠り、根回しの物足りなさを露見させることとなったのではないでしょうか。


後半の展開が紆余曲折の無い非常に平坦なものであり、オチに奇抜さがないことを含め、小説としての面白みに欠けていたように思えてしまい、総合的な心象はあまり芳しいものではありませんでした




【総評】


主人公の異端性を他者に押し付けることなく、自己で完璧に処理しきっている点、それに伴い、家族や家庭の温かみが伝わる一幕が目を引き、非常に好意的に思える場面が多数見受けられました。


その一方で、特異なキャラクターを多く使うことで読み手との共感性が希薄なったにも関わらず、実用書の書面に似た、説明臭さを拭えない心理描写を多用してしまったことで、その幅を一気に広げてしまった感が強く、作品の面白みを失っている部分もありました。


また物語の後半、再生医療とクローンという見識から、その倫理感に絡めた物語運びが用意されたものの、どうにも落としどころが安着なイメージを捨てきれないことに加え、ただの学生として認識していた我々読者にとっては唐突に過ぎるSFめいた話の展開についていけなくなることもしばしばあり、物語へののめり込みにくさを助長していました。


もう少し感情面で納得のいくような登場人物たちのバックボーンの補完、言動などを作中に散りばめ、SF展開に移行する前に、それなりの数の伏線を用意し、潜めさせておく準備を怠りさえしなければ、良い作品になったのではないでしょうか。


諸手を挙げて讃美する作品ではありませんでしたが、気になった方は手にとって見ていただければ幸いです。







読了お疲れ様でした。

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クビキリサイクル【青色サヴァンと戯言遣い】、雑感

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何が本当で、何が嘘なのか。
誰が本当で、・・・・・・誰が嘘なんだ?




講談社文庫さん刊行、西尾維新著『クビキリサイクル【青色サヴァンと戯言遣い】』についての雑感を今回は綴っていきます。


Espliaのあらすじ

鴉の濡れ羽島の当主、「赤神イリア(あかがみいりあ)」は、各方面で活躍する様々な天才を島に寄せ集る手紙を各所に送っていた。

その結果として集結した12人。その内、「天才」の一人である技術屋の玖渚友(くなぎさとも)の付き添い人としてやってきた「僕」は、奇妙な殺人事件に巻き込まれていく。


読み終わった後の感想は、「とかく苛立ちを覚える内容だった」というところでしょうか。


ちなみに今回の雑感は、ネタバレなしの通常の雑感と、ネタバレを加えた推理関係の雑感、二種類に分けて掲載させていただきます。


【以下、ネタバレなし雑感】


まず、本書の「頂けない部分」を洗いざらい吐かせていただくとするならば、欠かせないのは、「セリフ回りのクドさ」、そして「地の文の不親切さ」が槍玉として挙げられるでしょう。


前者に関して一例を挙げると、

  「赤音さんはどうなんですか?」
  「Post hoc fallacyだね」
  「・・・・・・英語ですか?」(本書、P259、9項~11項参照)

といったやり取りから見える通り、会話の合間合間に有名哲学者の格言を挟んだり、凡そ一般的とは言い難い単語を差し挟んだり(上の例は英語ではなくラテン語なので、一般的とは言い難い)、質問に質問に返す不躾な話法も多く、ついでに言えば、あさっての方向に話がズレ込むこと少なからず、お世辞にも読みやすいとはいえません


筆者のポリシーか作風かは知りませんが、どうにも本書には「Aとは何か?」という質問に「Aは~です」と答える。こういった直線的な解答を嫌う傾向が随所に見られ、文中の外で筆者の嘲笑う声までもが聞こえてきそうなほど、「焦らし」の概念が横行しているように感じられました。

「正解はCMの後!」という「あの技法」に似通ったもの、といえば理解しやすいでしょうか。


もちろん、これは迂遠な表現そのものを否定するモノではありません。

それは例えば、綾辻行人著『迷路館の殺人』での「この作品を書いたのは誰か」という最初に投げかけられる疑問が延々憑きまとう、一種野心的なまでの「遊び」の要素とも取れる面白みとは違い、本書は、どこか知識をひけらかすような卑屈な文面に見えてならないことが、迂遠な表現を喜び難い存在に押し上げている要因だと言えるでしょう。節操無く、文中の彼方此方(あちこち)にこの表現が飛沫していることも、また同様です。


一般教養とは何か、そんなことを水掛け論調で語ってもどうしようもありませんが、

「ダゲレオタイプの写真」
「カニバル・ハンニバルみたいな」
「Post hoc fallacy」(上の例)
「囚人のジレンマとかのあれ」

などと書かれたところでほとんどの人が理解できないだろう、という推測は遠からず的を射ていると思われますし、それほど突飛な発想だとは思えません。
この雑感を書く私が世俗に疎いということに目を瞑っていたとしても、これらが一般的な知識とは到底考えられませんね。


そして何より私が気に揉むのは、筆者がその「回りくどさ」をわかっていながらなお、文中に多用している点でしょう。
引用こそしませんが、明確にそうと解かる文面が存在し、さきほど上に、「筆者の嘲笑が聞こえてくるようだ」などと表現させてもらいました。また、それゆえ、本作において私が苛立ちを覚える最大の原因がこの部分にあることも断じさせていただきます。


もっと簡潔に書いてくださいよ。 と、そう言いたいですね。



次に気になったのは「地の文の不親切さ」です。


アガサクリスティ『そして誰もいなくなった』でもお馴染みのように、「ト書き」部分に明確な虚実を含ませることで、真実を錯視させる技法がミステリーではそれなりに多く用いられますが、今作においては、群を抜いて「嘘が多すぎる」印象が拭えません。


上に書かせていただいた迂遠な表現に加え、キャラクターのセリフや描写に、悪意のこもった情報統制と虚言を盛り込む様は、まさしく一種の暴力とさえいえるでしょう。


狡猾なキャラクターの造る作り笑いを主人公側が見抜けとまでは言いません。
しかし悲しそうな顔や憔悴しきった顔が演技かどうかを見分けられないというのは、どうにも納得できない部分がありますし、登場人物たちのほとんど全員が顔色を誤魔化せる「役者」で、吐いた嘘の大半を主人公が見抜けない、という前提はいっそ、ミステリーの論理性を破綻させているようにさえ見えてしまいました。


本編とは関係のない例として言うならば、「女性」として登場した人物が、のちのち「男性」だったことが判明し、男でしか持ち上げられない扉や仕掛けについての推理に支障をきたす、というような齟齬が発生し、読み手側に非常に不利な状況に置かれることになります。


当然、練りに練った答案を簡単に解かれてしまっては、書く側も解く側も興ざめであることは言うまでもありません。が、これはあくまで「奥の手」であって、常套手段とすべき技法であってはならないの ではないでしょうか。


一応、本作で吐かれる嘘の大半は推理に致命的な影響を及ぼすものでは無いものの、推理と離れた「物語のオチ」に使うにしてもやや荒削りな印象が強く、素直に喜ぶことができませんでした。散りばめられた伏線も結局はこの「嘘」で終局を迎える味気のないものが多いのも残念極まります。


作中の後半、これらの嘘に対し「考えればわかるだろう」という旨のセリフが用意されていますが、「疑問とさえ認識できない万ある情報」を精査し、どうやって「考えるという行動に移せる」のか、疑問はつきません。


いっそ傲慢とさえいえるこの物言いに、どう好感を抱けばよいのか、頭を抱えそうです



嘘の大半が推理とはあまり関係のない部分にあること(全く無いとは言えませんが)、事件で登場する密室やその定義、現場検証などのお約束がキチンと踏襲され、ミステリー作品の最低限の面白みがあることは評価すべきポイントだと思います。


しかし、その他の部分。上に綴った以外でいうと、人物描写や状況描写なども、あまり良い出来栄えとは言えず、例えば本編に登場する「ペンキの河」の描写がいまいちわかり辛かったり、死体についての言及が薄かったりと、どこか作者の故意を感じてしまう文面が多く見られ、評価が芳しくないのが現状でしょうか。


一人称の文体であるにも関わらず、主人公の生い立ちや考え、果ては考察内容まで秘匿されるという、読者との共感性を投げ打ってまで、読み手を虐げようとしているのではないか、そう疑いたくなるような部分が多い事実。加え、登場する天才たちがステロタイプさながらな「常識では計りえない人々」ばかりであること(特に玖渚の一人称「僕様ちゃん」には戦慄さえ覚える始末)を加味した結果。ミステリーとしても中途半端、かつキャラクター重視の「読む漫画」として評価するにも共感性が薄い。という誉めるべき部分がない作品だと言えるかもしれませんね。




【総評】

一般的とはいい難い知識や格言を文章の端々に混ぜ込み、迂遠な表現を用いられたことで読み手を苛立たせる要素の多い作品だと言えるでしょう。


また、ト書きやセリフに多くの嘘が混じってしまったことで、推理の妨げにこそなりませんでしたが、ミステリー作品における考察の前提が突き崩される場面が多くあり、「オチ」に使うにしてもやや唐突な印象と強引さを拭えず、読了後には大きな不満と苛立ちが残ることになりました


加え、筆者がそれら要因を知っていながら、わざと本編に使用している節も見られ、一人の読み手として、その傲慢さの垣間見える作品に好評を綴る動機を発見できません。


最低限、ミステリー作品の体裁は整っていますが、人物描写が曖昧で、主人公達のバックボーンもほとんど語られず、物語にのめり込むような共感性も、感動する要素もほとんどないのが実情で、それゆえ終始「面倒くさい文章の凡庸ミステリー」という評価を脱し切れていない印象が強いですね。


面倒くさい引用や、話の「飛び」を抑制すれば、本の厚さが半分くらいになるのではないでしょうか。


正直に言って、西尾維新という筆者とは、例え絶海の孤島で二人きりになっても友好的にはなれない、そんな確信さえ抱けるほどに、肌に合わない作品でありました。


何より、「アトガキ」で読み手に敬意を払わない人間が、私は大嫌いです。



気になった方は、必ず熟慮をした上、購入を検討していただければ幸いです。





読了お疲れ様でした。




ネタバレありの雑感を読む場合は↓の「続きを読む」をクリックしてください。
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キーリ 死者たちは荒野に眠る、雑感

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船に乗ろう、キーリ。約束する。




電撃文庫さん刊行、壁井ユカコ著「キーリ 死者たちは荒野に眠る」についての雑感を今回は綴っていきます。


Espliaのあらすじ

教会の寄宿学校に通う「キーリ」は、「亡霊」を親友に持つ霊感の強い少女だった。
そんな彼女は、冬、学校の冬季長期休校の初日に<不死人>(ふしびと)と呼ばれる存在の青年、「ハーヴェイ」と古びたラジオに憑く、「兵長」と呼ばれる亡霊と知り合う。


読み終わった感想は、「終始軸のブレない安定性のある物語だった」といったところでしょうか。


本編における私の考える「軸」とは、本書あとがきにも書かれている「生きることに疲れた男が、生きる意義を取り戻す」というもので、物語の基本的な視覚こそ「キーリ」に因るものでしたが、起承転結を経てもなお、一貫してこの軸がブレていないことが評価に繋がりました


視点が頻繁に変わり、改行後、すぐに別の人物の内面描写が入ってくるなど、やや文法的に納得できない部分も多かったですが、多くの人物の思想や内面描写が入り乱れながらも、文章にならない懸念、超えにならない感情を、個々人、うまく表現している点も素晴らしいと感じます。


特に主人公であり「題名」であり、ヒロインでもあるキーリが、序盤、どこか世間を斜に眺めているような酷薄な印象を与えておきながら、「兵長」を送り届ける旅すがら、徐々に内面の女の子らしい繊細さや我侭さ、愛らしさが頭角をあらわしていく過程は非常に面白かったですね。いつのまに仲良くなったのか兵長を胸元に下げながらの二人にして三人の会話の暖かさは秀逸でした。


普通の少年少女が数奇な旅の果てに普通ではなくなってしまう話というものは山ほど知っていますが、その真逆を突っ走っていながら、こうまで興味深く読み込ませる筆者の技量に感服します。


また、キーリだけでなく、終始面倒臭さを表に出す意固地なハーヴィーの心理的な変容、兵長の一貫した「お父さんっぷり」などなど、全体的に描写が丁寧で面白いのも好感が持てました。キーリの毒舌も個人的には大好物。(マゾというわけではないです)



描写の丁寧さには世界観をまた挙げられ、資源を巡って戦争を起こした結果、資源を枯渇させてしまった後の世界、という退廃に塗れた雰囲気を持ちながら、一種幻想的ですらある「教会」や「宗教」が幅を利かせているという皮肉さも、キーリの毒舌とあわせ、読んでいてにやりと来る演出でした。


加えて本作は、地球とは違う「どこかの惑星」が舞台であるとされ、胸元に揺れる亡霊つきラジオ、心臓に埋め込まれた結晶によってどんな致死のダメージにも復活する<不死人>、その他自縛霊やら、動物霊までもが跋扈(ばっこ)する様相もまた、実にファンタジー色が強いと言え、反作用の旨みを程よく生かしているといえるかもしれません。


ただ皮肉とはいえ、幽霊を目視できない教師は同級生を、子馬鹿にするような言動が随所に見られ、やや思春期にかぶれた傲慢さが鼻につく場面も多くあることが気になるといえば気になりましたね。


勿論、そういった傲慢さも含めての、少女らしさ、といえば納得できる部分ではありますので、「亡霊しか友達になれない」という主人公の器を作るための性格的一要因と目すれば問題はないと思われます。



幽霊が見えるが故、一般社会に馴染めなくなってしまった主人公、という観点から、今作はアニメにもなった『夏目友人帳』との共通点が多く見られたようにも思えました。


後者は、幽霊ではなく「もののけ(妖怪)」が見えるといったもので、またキーリとは違い性別が男であったからこそ、見始めこそ情けない印象が強くなりましたが、本作同様、異端から普通の少年になっていく過程には、子の成長を味わう親のようなカタルシスがありますし、何より一話一話で区切られる小話のそれぞれが素晴らしい出来であったことも含め、私の中での評価はかなり高めになっております。


今作こそ、ハーヴェイの後をついて回るだけの感が強い旅路の描写ですが、次巻以降を一個一個の独立した物語とし、時系列、視点を含めて多種多様なものにしてしまうのも面白いかもしれません


『夏目友人帳』の隠れたテーマに「一般人との付き合い方」、というものがあるように、今後キーリが亡霊だけでなく、キチンと人間の友人を作っていく力が養われていくかどうかにも注目したいところです。


次巻以降への購入意欲が俄然沸き立ちます。




【総評】


亡霊としか仲良くなれない、やや傲慢の物言いが目立つ少女を好ましいと取れるかどうかで作品の良し悪しが変わる作品ではないでしょうか。


旅を通して「普通ではなかった少女」が、「普通の少女」に代わっていく経過を一種寵愛(ちょうあい)の眼差しを持って眺められる人には、その退廃的な文明、そこに蔓延る不相応な亡霊や<不死人>といったファンタジックな雰囲気が絡み合った皮肉な世界観を十二分に味わう事ができると思われます


また年齢的な釣りあいこそ取れませんが、兄貴分の「ハーヴィー」、親父ぜんとした「兵長」、そしてその娘のように可愛がられる「キーリ」の掛け合いの軽妙さと、それぞれ、文章では語られない心情の変化について察せられる丁寧な描写が物語の完成度を底上げしており、飽きることなく読破できました。


幽霊としか仲良く出来ない少女が、一般人への偏見を捨て、どうやって生身の友人一号を手に入れるのか、次巻以降の展開に期待が持てる作品でしたね。


気になった方は是非とも購入を視野に入れ、一考してみてください。オススメです







読了お疲れ様でした。
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