命を賭ければどんなことをしてもいいのか?
命をかけることをどうして手段に使うんだ。
おかしいよ、きみたちはなにか傲ってる!MF文庫Jさん刊行、高殿円著『銃姫』についての雑感を今回は綴っていきます。
Espliaのあらすじ
絶えず争う人間に呆れ、神によって「魔法」を奪い取られた世界。
しかし唯一、銃器を媒介にしてのみ「魔法」を発動させることのできる「魔銃士」という存在が世界にいた。
魔銃士である「セドリック」と「アンブローシア」、修道女であるセドリックの姉「エルウィング」の三人は、大国より盗まれた「言葉を消す」力を持つ「銃姫」という兵器を追って旅をしていた。
全体的な印象は、昨今のライトノベルには珍しい『ロードス島戦記』を匂わず「
純ファンタジー」と言って差し支えないと思われます。
魔法を使うことができるという設定、大陸にある大国の名前、魔銃士という役柄や銃を媒介とした魔法を使用する原理などなど、とかく現代社会とは無縁の地盤を有した作品なので、「セドリックら主人公と読み手としてリンクしたい」、「現代に類似する要素がないと物語に入り込めない」、「専門用語をすんなり理解出来ない」という人は読み終えるまでに少々神経を使うかもしれません。
昨今メディア化される数々のライトノベルとはやや赴きが異なる、という事だけは頭に入れておいたほうが良いでしょう。
基本的にセドリックら主人公(特にセドリック、エルウィング)の掘り下げが意図的に浅くなっている、または、それほど重点をおいていないように見えてしまうのもその一因でしょうか。
ヒロインの一人であるアンブローシアこそ壮絶な過去に引きずられ、いろいろとアクションを起こしてくれますが、肝心の主人公セドリックら姉弟には過去にどんなことがあったのか、という話こそされますが、それが
「今にどう繋がっているのか」という部分がかなり淡白に語られていて、内情が読めないと感じました。
上記に引用したセリフのように姉弟は感情を表すことがほとんどなく、おまけに過去についても曖昧なまま、淡々と旅が続けられていき、部分部分で「お人良し」だったり「ブラコン」だったり「音痴」だったり、性格からはみ出た「個性」に焦点はあたるものの、彼らという
人間の本質というものがまるで見えてこない歯痒さがあります。
話の遅延を防ぐため、敢えて細かい部分を省いたり、伏線として意図的に浅く語ったりすることは演出上多々ありますが、「一巻」という今後の方向性を決める足がかりで、登場人物の内情がよくわからない、という感想を持たせてしまうのはやや危機感を覚えます。
姉のエルウィングこそ、過去に一物ありそうな雰囲気で語るのは良しとしても、
主人公のセドリックくらいは詳しく内面描写をして欲しかった、というのが本音です。
特に彼は、お人よしではあっても好漢とは呼びがたく、知的というにはやや幼く、当然女心も理解していません。おまけに戦闘もそれほど強くない、というこれ以上ないほどの中途半端さを持つキャラで、「偉大な魔法使いの血筋、云々~」も上記に記したように淡白に語られるため、好きになれる要素があまりに少ないのが、あんまりといえばあんまりでしょうか。
ただ、そういった淡白さから時雨沢恵一著『キノの旅』のように、「
とある旅人の小話集」という意味で読めば、感情移入する、しないに関わらず、
あっさりとした味付けが良い具合に働くともいえるでしょう。
登場人物の掘り下げがないから面白くない、という評価には直結し得ない典型例ともいえます。
とくに『キノの旅』の「キノ」、「エルメス」は序盤にほとんど掘り下げが無いことで、読者同様に傍観者としての立場を持ち、訪れる様々な「国」の異様さや異端さを浮き彫りにする形で読者に如何を投げかける読み物としてのスタイルを確定させ、児童文学、とりわけ御伽噺のような言葉遊びや、一章区切りでの物語運びを主眼にしています。
今作においても、あくまで主軸となるのは、セドリックらが足を運んだ様々な町や国、そこに住む人々で、登場人物は付加要素でしかないと見れば、掘り下げの少なさや淡白さは十分に補えると思います。
キャラクターの喜怒にのみ重きを置いていない分、
筆者の拵えた銃と魔法が交差する「土臭いファンタジー」の臭いを強く感じることができるのではないでしょうか。
キャラではなく「ファンタジー」という世界そのものを楽しむためには、筆者が扱う「用語」、「造語」の理解は欠かせません。これをうまく読み手に伝えられないと、書き手の考える世界観を理解しようとする気にさえならない悲惨な結果を招くことは言うまでも無いでしょう。
この点において、『銃姫』は登場人物の掘り下げが少ない分、
かなり綿密な世界観への説明を施されていて、筆者の熱意が感じられます。
特に銃器を媒介とした魔法についての記述はかなり掘り下げられており、弾の生成方法から使用用途、精霊への言及などが詳しく書かれていて理解がしやすかったです。
「太刀風」、「鎧戸」、「剣山」などのように弾一発一発に専用の名前があるのも個人的にお気に入りで
、ただ「炎の弾」を打ち出すだけの描写より、「人を殺す兵器」としての弾の重み、それに伴う表現の幅の広がりを覚えますね。筆者の世界観がよく見える丁寧な描写は間違いなく
今作の評価点だと言えるでしょう。
【総評】昨今に蔓延するライトノベルというよりは、純ファンタジーといった様相が強い作品です。
主要人物であるセドリック、エルウィングの内面に触れるような感情面での掘り下げが少なく、やや淡白な印象が強いといえるでしょう。
筆者の思惑として、人物はあくまで一要素として見、銃器を用いた「土臭いファンタジー」の
世界観そのものを楽しむべき、という風潮が感ぜられました。
そういう意味では、
本編に広く渡る詳細な用語説明や、空想科学への記述の丁寧さが光ります。時雨沢恵一著『キノの旅』のように、一貫した物語での時間軸があるわけでもなく、どちらかといえば彼らが訪れた先で起きた「出来事」についての話が多いため、独立した短編集という見方が出来るかもしれませんが、その分、独特の濃い味付けがされていないため、
文学としては万人向けであるといえるでしょう。
主人公一行の惚れた腫れたの恋愛要素、それに準じるコメディー要素こそほとんどありませんが、
「兵器」を巡るやや血なまぐさい重み、国を巡る思想、生き死についての深いテーマを好む人にもオススメですね。
姉に抱きつかれて鼻血を噴出したり、胸の大小にこだわって不機嫌になったり、音痴で人を気絶させたり、コミカルな部分もそれなりにあるので一概に堅いだけの読み物でないのも見逃せないポイントだと言えるでしょう。
えり好みの激しい私ですが、今作はかなり楽しんで読むことができました。
オススメです。
興味のある方は是非読んでみて下さい。
読了お疲れ様でした。
追記
私は偏屈なので、人にオススメされたものが「面白いもの」だったらかなり凹みます。
どうして自分に審美眼がないのか、日々思い知らされる気がしてしまうんですよねぇ。
そんなわけで今回の『銃姫』も前情報なしに購入し、今しがた画像検索で11巻まで出た上にコミカライズされていることを知りました。かなり前から人気があった作品なんですねぇ・・・。全く知らなかった・・・。
アカイロ/ロマンスといい、銃姫といい、今後集めるのが楽しみな本が多くてうれしいやらかなしいやら(主に金銭的な意味で)。
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